「いらっしゃい」

「あ、はい! あ、お邪魔します。黒田希美です」


優しい声に振り返れば、ひとりのおばあさんが車いすに乗って私に微笑みかける。
慌てて自己紹介をすると、「こんな体でおもてなしできないけど、ゆっくりしていってね」と手を握られた。


「お構いなく。ありがとうございます」

「ばーちゃん、俺らのことは気にしなくていいから、勉強するだけだし」

「彼女だろ? 来るって言っておいてくれたらケーキくらい買ってきておいたのに」

「あー……まあ、いいや。とりあえず、上で勉強してるから」


おばあさんにもう一度ペコリと頭を下げて、階段を登っていく瀬戸山の後を追いかけた。

……彼女、か。
なんだかムズムズする。変な感じ。勘違いされているのに、妹の好奇心いっぱいの瞳と、おばあさんの優しい笑顔を思い出すと、頬が緩む。


「散らかってっけど」


2階の一番奥の部屋が瀬戸山の部屋らしい。
古い家だからか、引き戸で中は和室だった。なんだか意外。言うほど散らかってないし。

低いマットレスベッドと、シンプルなデスク。周りの棚には、雑貨や本が並んでいる。

瀬戸山は「よいしょっと」と押入れの中に入っていた小さな四角いテーブルを取り出し、足を広げて部屋の真ん中に置いた。そばにあったシンプルなクッションをポンポンっと設置し「どーぞ」と私に座るように促す。

コートと鞄をそばにおろして、ゆっくりと座った。


「黒田んとこって英語の範囲どこからどこまで?」

「えーっと、ちょっと待って。あ、あった。P124〜157」

「じゃあ一緒か、よかったー」


英語の教科書を取り出して、瀬戸山と勉強に取り掛かる。
人に教えるって初めてで……どうしたらいいのかよくわかんないけど、大丈夫かなー。