図書室は、思った通りいつもよりも人が多かった。
苦手な数学を取り出して、公式を頭に入れていこうと教科書を眺めるけれど……頭に入ってこない。


江里乃が、あんなこというから……無駄に考えちゃって集中できないじゃない。


「なに? 数学?」

「……っわ、びっくりした」

「お前ぼけーっとしすぎじゃねえの、いつも」


振り向くとポケットに手を突っ込んだ瀬戸山が私を見下ろしていた。「行こーぜ」と声をかけてきて、慌てて鞄の中に荷物を突っ込む。

今から、行くんだ。

あ、緊張してきた。
矢野センパイと付き合っているときでさえ、行ったことないのに。


「妹いるからうるせーかもしれねーけど」

「あ、うん、大丈夫」


むしろふたりきりのほうが困る。
落ち着かない気持ちをごまかすようにヘラヘラと笑っていると、瀬戸山に「気持ち悪い」と言われた。


「あ、すいません」


図書館を出ようとすると、ちょうど入ってくる人と軽く肩がぶつかる。
反射的に謝って顔をあげると……矢野センパイが驚いた顔をして「いや」と目をそらした。

……隣には、彼女。

彼女と目を合わさないようにして、すっと通り過ぎた。


「ねー、なにから勉強する?」

「あ、ああ、数学か、化学かな。どっちがいい?」

「私数学がいい」


背後から聞こえるふたりの会話に、私だったら“どっちでも”と答えてしまっただろうな、と思って歯を食いしばった。

泣きたくなるなんておかしな話だ。もう、終わったことなのに。


「……黒田?」

「え?」

「……眉間にシワがよってぶっさいく」


呼びかけに顔を上げると、瀬戸山は眉間をさしてケラケラと笑う。
慌てて手で眉間を隠すと、なおいっそう声を上げて笑った。