柳の思いつきはやっぱり、ろくなことじゃなかった。

なにしてくれるんだよ。この気まずい空気はどうしてくれるわけ?


こめかみに青筋を立てるぼくは仲井さんに「ばか柳がごめん」と、小声で謝った。

大丈夫だと上ずった返事を聞いた後、「柳!」ぼくは彼女から離れて柳を睨む。


身の危険を感じたのか、脱兎のように逃げ出した。


笑い声と一緒に聞こえてくるのは、「刺激を感じただろう?」


もう勘弁ならない。


「てめ、アブネーだろうが! 何しやがるんだ!」

「おーおー喜んじゃって。青春しているねぇ、中井クン」

「ブッ飛ばしてやっからそこを動くなよ!」

ぼくは柳を怒鳴り、教室を駆け回った。クラスメイトから大注目を浴びたけど関係ない。シバかないと気が済まない。


「中井くん……元気そうなら良かった。でも、さっきの胸の痛みは」





学園祭は一ヶ月に迫っていた。

この頃になると部活の時間は規制され、各教室で準備が始まる。

クラスで必ず模擬店をしなければいけないため、係になっている生徒は忙しなく指示をしていた。

帰宅部に属している生徒すら、残されて何かしら作業をさせられるため、それが嫌いな人達は気だるそうな面持ちを作っていた。

ぼくは比較的行事ごとが好きな生徒に分類するため、居残って作業をさせられることは苦じゃない。

帰ったところでやることはないもんな。

ちょっと前なら、面白そうな映画を探しにDVDを借りに行っていただろうけど。


ぼく達のクラスはワッフルの模擬店を出すため、それの準備に追われている。

ただワッフルを焼いてそれを出すだけなのに、食品の衛生管理やら身だしなみやら、口酸っぱく指導された。


それも準備に入るんだろうけど、三回も教室で説明会を開く話じゃないだろう。そりゃ食中毒を起こされたら困るだろうけどさ。

しっかりと衛生指導を受けた一方で、模擬店を出すための看板作りも始まる。

これは、もっぱら女子が活躍していた。

デザインはどうしようか、客の目を引くために可愛くするべきか、それともシンプルにするべきか等々、念密に話し合っている。


仲井さんもそれに参戦していた。

女子たちの中では、仲井さんの絵の上手さが認知されているらしく、彼女を中心に看板が作られるようだ。


ぼくは教室を彩る飾り物を作る係。

要するに、なあんにも取り柄がないから雑用を任された。

仲井さんの気持ちがあるとはいえ、自分の絵がおそまつなことは分かっているから文句はないよ。描いたところで苦笑いしか向けられないだろうしさ。