「あっちゃー。やっぱ中井もバンドに入るべきだったよな。彼女にカックイイところを見せられるチャンスだったのによ……おい、中井?」
「え、あ、なんだよ。柳」
ぼうっとしていたようだ。
我に返ったぼくは柳に何の話をしていたっけ、と愛想笑いを浮かべる。
それに何を思ったのか、柳が腕を組み、ジッとこっちを観察してくる。な……なんだよ。
「分かった。中井、おれに任せとけ。お前にとっておきの刺激を与えてやるから」
「やめろやめろ。すんげぇ不安になるだろうが」
柳の思いつきなんてろくなもんじゃない。断言できる。
「その前にお客さんっぽけどな」
肩を叩いてきた宮本が親指で後ろを指し、行ってやれと目で合図を送ってくる。
振り返ると、話題の中心になっている仲井さんが立っていた。
ヒト一人分の距離を置く彼女は、ぼくにどう声を掛けようか悩んでいたようだ。
びっくりした。仲井さんからぼくに歩み寄って来るなんて。
放課後は一緒に過ごすことが多いけど、それ以外の時間は基本的にぼくから歩み寄っているから。
現金なぼくは、それだけで笑顔が零れた。
席を立つとふたりに会話を聞かれないよう、教室の後ろまで移動する。
例の衝突事故の話かもしれないからな。ふたりには別の意味で取られているだろうけど。
「どうしたの、仲井さん」
「ううん。大したことないんだけど、中井くん……あのね」
歯切れの悪い言葉と、困った笑みと、どこか憂慮を含む眼がぼくを捉える。
それが忘れかけていた不安を呼び起こす。
仲井さん、なにを言おうとして。
「うおりゃあああああ!」
後ろから雄叫びが聞こえた。「へ?」間の抜けた声を出すぼくと、目を丸くする仲井さんに襲ったのは柳の猪突猛進のタックル。
それをモロに食らったのはぼくだった。背中に受けた衝撃に耐えられず前のりになる。
当然ながら、目の前には数秒前まで会話していた仲井さんがいる。
彼女にぶつかることを回避する前に、急いで両手を出した。後ろの黒板に手をつくことで、どうにか衝突事故は避けたけど。
「あ……」
「え……」
お互いに赤面したまま固まってしまう。
なんだ、この状況。仲井さんと距離が近い、近すぎるんだけど! 見上げてくる仲井さんの視線が、その、色んな意味で痛い!
「これが流行りの壁ドンだ。ナカナカな刺激だろう? 中井クン」
「……柳、あれはやり過ぎじゃ」
「ばかだな宮本。青春は常に刺激の連続。壁ドンは女子の憧れじゃん? おれは、中井のために一肌脱いでやった! これからは、おれのことを恋愛マスターと呼んでいいぜ?」