「よし、仲井さん。今度こそ成功させよう。時間は五時前二分。いい感じじゃん。ちゃんと雑誌はある?」
「あるよ。中井くん」
「なら確認だね。五時のチャイムが鳴り始めたら。仲井さんはぼくに向かってぶつかる。あの時の衝突事故を、もう一度再現するんだ。仲井さんが夢に本気で覚悟をしたんだから、そろそろ気持ちを返さないと」
あ、忘れていた。
チャイムが鳴る前にこれだけは言っておかなきゃ。
「仲井さん。走る時は合図をくれよ。心のじゅんっ――?!」
聞こえてきたチャイムと共に、ぼくの体に衝撃が走る。
またこの展開かよ!
そう思った時には時すでに遅し。
ぼくは例の踊り場に設置されている鏡の前で、情けなくすっ転んだ。今度は顔面強打するという、痛いオマケつき。
「だから合図をくれよ!」
鼻を両手で押さえながら訴えるも、上に乗っている仲井さんは鏡をまじまじと見て、深いため息を零すばかり。
「またダメか……どうしたら元通りになるんだろうね。せっかく覚悟を決めて夢を追うって決めたのに。中井くん?」
じっとりと仲井さんを見上げてくるぼくに気付いた彼女が、どうかしたのか、と声を掛けてくる。
どうしたもこうしたもないんだけど。痛い思いをしたんだけど。
「一発芸。ヒヨコ」
唇を尖らせて拗ねて見せると、「なにそれ!」誰のマネだと声を張って、頭を叩いてくる。
そんなの言わなくたって分かるじゃないか。いつもヒヨコになっているのは仲井さんじゃん。
けど、また元に戻ることができなかったか。
その現実に残念半分、安堵半分だ。ぼくはまだ仲井さんと、この奇妙で不思議な関係を終わらせたくない。
だってぼくは仲井さんが好きだから。