「そうか」お父さんは小さく相づちを打ち、それについても謝らなければいけないだろうと目を伏せる。
きっと、お父さんも絵を描く仲井さんを見て、どこかお母さんを思い出していたのだろう。
露骨に反対していた理由も、話を聞いてやらなかった理由も、今なら少しだけ分かる気がする。
「さっきも言ったが、わたしは志穂のすべてを理解することはできない」
これからも自分は反対を口にするだろう。
真っ向から反対し、仲井さんの夢を、その気持ちを傷付けるだろう。
娘の幸せのために、親のエゴをぶつけるだろう。
きっと、仲井さんの話を聞いても。覚悟を聞いても。
「それでも、お前は目指せると言えるか?」
お父さんの問い掛けは、ぼくの心が恐怖に染まる。
仲井さんは怖いんだろう。
強くなると言っても、誰に反対されても夢を叶えると主張すると言っても。
だからぼくは、仲井さんの手に自分の手をのせる。
弾かれたように見つめてくる彼女に、目で笑い、心の中でがんばれと応援を送った。
ぎこちなく笑みを返し、彼女はお父さんに返事する。
「言うよ。イラストレーターは、わたしの夢だから」
満足のいく答えだったんだろう。
お父さんは二度、三度、頷いた後、持っていた大学ノートの最後のページを開き、仲井さんに差し出す。
「なら、夢のためにこれからも、わたしと本気でぶつかりなさい。話を聞いてやらなくて悪かった……そのページにはメッセージが書かれている。志穂、お前宛だ。気付いていなかっただろう?」
仲井さんがノートに目を落とす。ぼくもそのページを覗き込んだ。
そこには最後の力を振り絞ったような、よれよれのボールペンの字で、こう書かれている。
『しほへ
これからも だいすきなえを かいてね
おかあさんは しあわせでした 』