「さあ。入ってくれ」
誘われるがまま仲井さんの家にお邪魔したぼくは、シャレた西洋風の門をくぐり、人様の敷地をきょろきょろと観察する。
一軒家もさながら、敷地もすごく綺麗が第一印象だった。
玄関まで続くレンガタイルに、連なる白い柵。
手入れされている可愛い花壇や、名前も知らない植木が訪問者を歓迎してくれる。
これらはお母さんの趣味だったのかな?
部屋にお邪魔すると、仲井さんのお姉さんがいた。
たった今帰って来たようで、肩から鞄を下ろし、ソファーに座ろうとしていた。
時間は夕食時だ。
本来なら迷惑だと思われても仕方がないのに、彼女はお客の登場に嫌な顔をひとつもせず、ぼくに挨拶をするとキッチンに向かっていく。結花さんはオトナで気遣い上手な人なんだろう。
「うはぁ。立派なリビングだな。天井にプロペラがあるし」
それがシーリングファンだと知らないぼくは、くるくると回るプロペラを指さして、仲井さんに「よく映画で見るやつだ」と、感想を述べた。
広々としたリビングを見渡していると、中庭に続くであろう窓辺の近くに仏壇を見つける。
西洋チックな部屋に合うよう、モダンな仏壇はお母さんのものだろう。
後で手を合わせた方がいいのかな。こういう経験はしたことが分からないから、いまいちどう動けばいいか分からない。
「お父さん。わたしに見せたいものって? 中井くんまで連れて来て」
ソファーに座った仲井さんがテーブルを挟んで、向こうのソファーに座るお父さんに訝しげな眼を投げた。
意味深長に肩を竦めるお父さんは、ぼく達の前に一冊のノートを置いた。大学ノートのようだ。
「これ、お母さんの……」
「詩が書いてあるノートだ」
いつもは仏壇の引き出し仕舞われているものらしい。
これが、仲井さんに見せたいもの? だったら彼女は拍子抜けだろう。
今さら見せるものでもないだろうから。
けれどお父さんはそれを手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
「どれのページも花の詩に、花の絵ばかり。お前達は好きなことになると、本当に夢中になるな。時間すら忘れて。そういうところは似た者親子なんだろう」
お父さんは苦笑いを零す。
ぼくは、仲井さんの話に出てくるお父さんと、あの酷い仕打ちをしたお父さんしか知らない。
だからこそ、ガンコ親父みたいな印象を持っていたのだけれど、本当は娘に愛情を注ぐ優しいお父さんなんだろう。