小さな思い出話に、仲井さんが無言で頷く。
彼女もまた、思い出に浸っているのだろう。
それはぼくには分からない、ふたりだけの優しい思い出に違いない。
「志穂はなんでここに?」
「中井くんとヒマワリを買いに来たの。お母さんの仏壇に飾るために」
あの時の怒りがないわけじゃないんだろう。仲井さんの言葉にやや棘がある。
「お父さん、わたし……もう誰に言われようと決めたから。反対されてもいいし、お遊びだって思われてもいい。時間が掛かっても、絶対に夢を叶えるから」
それをお母さんに報告するためにも、自分はヒマワリを買って、デッサンした絵を飾る。
彼氏と一緒に描き上げたヒマワリの絵を。
軽く心が痛むのは、仲井さんが勇気を振り絞っている証拠だろう。
ぼくは何も言わずに黙っておくことにする。
するとお父さんが仲井さんに「ヒマワリは一本でいいのか」と、聞いてきた。
彼女の気持ちが聞き流されたのかと思いきや、何やら考えがあるようだ。お父さんは家に帰って仏壇に飾ろうと言った。
その前に見せたいものもある、と付け加えて。
「彼氏くん。時間はあるかい?」
急にぼくに話題を振られて、心臓が口から飛び出そうだった。
ここでぼくに声が掛かると思わなかったから。
「時間はありますけど……あの」
「良ければ、家に寄って欲しいんだ。志穂のために、あれこれ世話を焼いてくれたみたいだからね。なにより、きみは娘のために、誰彼構わず“はり倒す”と勇気あることを言った。妻に紹介しておかないと」
まさかのお誘いにぼくは、思わず仲井さんを横目で見てしまう。
彼女も困っている様子。お父さんの考えが読めないようだ。
だったら、なおさらぼくに読めるわけがない。
とはいえ、時間があると答えたんだ。ここで断っても空気を悪くするだけだろう。
「お邪魔でなければ」と、ぼくは言った。
それに対して、お父さんの返事は「ありがとう」だった。
仲井さんに似た、優しい眼がいつまでもぼくを捉えていた。