「お父さん」


仲井さんのお父さんが先客としていたから。

時刻は夕方の六時過ぎ、ぼくが喧嘩を売って三日後のことだった。


「志穂、奇遇だな。それから……彼氏さんもこんにちは」

「……こんにちは」


遠慮がちに挨拶をしてくる仲井さんのお父さんに、ぼくも弱弱しく挨拶を返してしまう。

何度でも言う。

ぼくは初対面ながら、この人に〝はり倒す〟と喧嘩を売った。


娘の彼氏だと言った後に、盛大な喧嘩を売ってしまった。


お父さんにとって腹立たしい男とは、ぼくのことを指すに違いない。


ぼくはぎこちなく出入り口のガーベラに目を向け、たらたらと大量の汗を流す。


これは気まずいってレベルじゃない。

どんな態度で彼女のお父さんと接したら良いか、これっぽっちも分からないレベル。


逃げ出したいレベルだ。


べつに悪いことは言っていないし、あの時のことを謝ろうとは爪先も思っていないけど……怒鳴ったもんな。声を張って“はり倒す”って言ったもんな。どうしようかな、この空気。


困り果てているぼくの隣で、「もう、お仕事は終わったの?」と、仲井さんがお父さんに話し掛ける。

蚊が鳴くように声が小さいのは、彼女の心情の表れだろう。

あの事件後、ふたりがどう接しているのか、ぼくは何も知らないけれど、ぎこちないんだろう。


お父さんは早めに切り上げてきたのだと返事をし、花を見に来たのだと告げた。亡き妻の仏壇に飾るための花を見に来たのだと。


「母さんはいつも、この花屋で花を買っていたっけな。一時間も、二時間も、飽きずに花を眺めていた。思い出すよ」