「ただ、わたしも臆病だった。お父さんに自分を悪く言われたくなくて、隠れて絵を描いていたの。真正面から“好き”だって言えなかったし、夢の話だって一度否定されたら、それで終わり。いつも身を引いていた」
夢を否定されることは、好きなものに夢中になる自分を否定されること。
常に自分を悪く言われているような気がして、強くは主張できなかった。
お父さんが真剣に自分と向き合ってくれなかったのは、そのせいもあるのかもしれない。
仲井さんは自分を見つめ直して、反省の色を見せる。
それだけじゃない。自分は未来に対しても臆病だった、仲井さんはぼくを見つめる。
「もしも、夢が叶わなかったら……それが怖いと思う自分がいるの。何もかも無駄になるような気がして。だから、お父さんに強く夢のことが言えなかった。
ほらみろ、クダラナイ夢だった。人生は甘くない、そう言われるのが怖くて。わたし自身に才能がないって言われることが怖くて」
「仲井さん……」
「だから、心のどこかで“お父さん”を逃げ道にしていた。お父さんを理由にして、自分の好きなものを、夢を、主張し続ける自信がなかった」
今も、実は自信がないと仲井さんは吐露する。
「夢を持つだけ、心の片隅でいつも不安や恐怖で気持ちがぐちゃぐちゃになっていたの。今日はそれが爆発しちゃったみたい」
夢を見るってもっと、キラキラと輝いて、希望に満ち溢れているものだと思っていた。仲井さんがぽつりと零す。
ぼくもその意見に一票だ。
夢ってキラキラとした、楽しいものだと思っていたよ。
オトナになって、その夢を叶えたら、すごく楽しい人生が待っている。小学生の時はそんなことを思っていたっけ。
現実はキラキラどころか、ドロドロのぐちゃぐちゃ。
夢を叶えられるだけの自分はいるか。その環境にいるか。大人は賛同するか。不安でいっぱいだ。
「夢を持つって難しいね。好きなものを好きって言い続けるのも、こんなに難しいとは思わなかったよ」
「な、本当にムズイな。反対されることもあれば……ばかにされることも、笑われることもある」
それによって夢や好きなものが、嫌いになってしまうこともある。ぼくはその痛みを、よく知っている。
「きっと、夢を持つ奴は皆、同じように悩んでいるんじゃないかな。医者を目指している奴も、教師を目指す奴も、パティシエを目指す奴も。夢が叶わなかったら……と仲井さんのように悩んだりするんじゃない?」
「中井くんは?」
「ぼく? ぼくは……ぼくは持っていないから、逆に持たなきゃいけないんじゃないかって焦る。夢を持って、持たなくても、将来は不安ばっかだな」
これがオトナになるための階段なのかもしれない。
だとしたら嫌な階段だ。夢を持つ持たないで、こんなにも怖くなる。