「なんか、すごくスッキリした気分。あんなに声を上げて泣いたのは、お母さんが死んだ時以来だよ」


自分でもびっくりするくらいに、大声で泣いて、本気で悔しがって、心の底から腹を立てた。

しかも、あろうことかクラスメイトの前で。


今思い返すと恥ずかしいと肩を竦める仲井さんの表情は柔らかい。

本当にスッキリしたような顔をしている。感情を出したことに後悔はないようだ。


そんな彼女に聞きたい。

自分の夢について、お父さんについて、今はどう思っているのか、を。


すると仲井さんは質問に答えず、ぼくに尋ね返した。


「中井くん。痛くない?」


何に対して痛いのか、仲井さんに聞き返すまでもない。

彼女は自分の気持ちを持つぼくに心が痛くないか、と聞いているんだ。

嘘を言っても仕方がないから、正直に答える。「すんげぇ痛い」と。


「ぼくのことじゃないのに、きみのお父さんの言葉を思い出すだけで胃はムカムカするし、泣きたくなるし、いつまでも心が痛い。正直しんどい」

「そっか。ごめんね、痛い思いをさせて」


「仲井さんの気持ちを持っているんだからしょうがないよ。きみの痛みを引き受けるって言ったのはぼくなんだし……仲井さんはずっと、否定されていたことに傷付いていたんだね」


視線を落とす。

車道と歩道の境界線として引かれている白線に気付き、おもむろにその上を歩き始めた。

マンホールが見えると、それを飛び越えて白線の上に着地する。それによって繋がれた手と手が揺れた。


「傷付いていた、かぁ。もちろん、それもあるよ。やっぱり、自分の好きなものや夢を否定されるのって悲しいから」


仲井さんはお母さんが亡くなってから、なにかとお父さんにイラストを描く自分を否定されていたという。

最初はやんわりした言い方だった。


部屋にこもってばかりいないで外で遊べとか、お姉ちゃんとテレビを観たら、とか。仲井さんは気付かない振りをして絵を描き続けた。


中学に入るとイラストに熱が入った。

それに伴い、お父さんの注意も厳しくなる。

時にテスト勉強すらサボって、イラストを描いていた。

それによって成績が散々だったこともある。


こっ酷くお父さんに叱られた思い出は本当に苦いと仲井さん。


傍目から見れば、絵を描かない人間からすれば、ただのお遊びにしか見えないのだから、仕方がないのだろうけれど。


それでも仲井さんはイラストを描くことが好きだった。


お父さんに露骨に否定されても、やめられることのできない生きがいだった。