だって仲井さんの気持ちは、彼女の中にない。ぼくの中にある。

だったら、全部ぼくにぶつけたらいい。


何を言ったって大丈夫。怖くない。痛くない。ぼくが代わりに受け止める。

つらい気持ちも、悲しい気持ちも、仲井さんの気持ちを持つぼくが受け止めるから。


今はぼくが代わりに――だけど仲井さんは弱くない。


全部を吐き出したら、すべてを吐き出したらきっと前を向ける。

自分の気持ちが元に戻ったら、また夢に向かって歩き始める。そうぼくは信じている。


「本当はさ、悔しかったんだろう? お父さんにクダラナイって言われて、むちゃくちゃ悔しかったんだろう? 仲井さん」


ぼくを睨んでいた仲井さんの表情に力が抜けていく。

するり、とタオルがベンチに落ちるけれど、それに目を向けることなく、ただただぼくを見つめてくる。

ずいぶん間を置いてうん、と頷いた。小声で悔しかった、と呟く。

「お父さんが話を聞いてくれなくて悔しかった」

ぼくは相づちを打ち、「それで?」と、優しく尋ねる。


「お姉ちゃんと比べられるのが悔しかった。わたしの夢だって応援して欲しい。いっしょに、進路について悩んで欲しくて」


仲井さんは口にする。


自分が絵にどれだけの情熱と時間を掛けているのか、ひとつも知らないくせに。

ちゃんと将来を現実的に考えていることも知らないくせに。

子どもなりにお金の心配だって考えている。

親に負担を掛けないようバイトだって考えた。


美術科のある高校をすぐに諦めたのは、べつのやり方で夢を叶えようとしたから。


仲井さんは吐き出す。

いつだって現実を見ていた。夢を見ているように、現実だって自分なりに見ていた。


なのに、お父さんは一度だって話を聞いてくれたことなんてなかった。


いつも否定ばかり。

好きなものを好きと言う自分を、夢に向かって努力する自分を、未来を考える自分を否定ばかり。