ヒヤシンスはお母さんが最期に頼んできた花だそうだ。
一番好きな花だと知っていた彼女は、いつも以上に気合を入れた。
そのせいか、いつもの倍に時間が掛かってしまい、それが完成する前にお母さんは息を引き取った。
ああ、約束していたヒヤシンスが見せられなかった。
仲井さんは落ち込んだ。とても落ち込んだ。
けれど、お姉さんの結花さんに「仏壇に飾ってあげよう」と、励まされ、どうにか立ち直って絵の完成を目指した。
「でも描けなくてね。気ばかり焦っちゃって」
せめて天国にいるお母さんのために、一番綺麗なヒヤシンスを描こうと意気込むも、約束が果たせなかった後悔がこみ上げ、上手く描けない。何ヶ月も同じ絵を描いては丸めていた。
そこに追い撃ちをかける出来事が襲う。
ヒヤシンスを描こうとしていた仲井さんに、お父さんから注意を受けた。
『お母さんはいないんだ。つらくても受け止めなさい』と。
お父さんは見ていた。
息を引き取る間際まで、娘がヒヤシンスを描いているところを。
それをどう捉えたのか、仲井さんにヒヤシンスを描くことをやめるよう遠回しに注意した。
仲井さんはショックだった。
大好きなお父さんから、そんなこと言われるなんて思いもしなかったから。
自分はただ、天国にいるお母さんに喜んでもらいたい一心で描いていただけなのに。
それからだ。
仲井さんがヒヤシンスを描けなくなったのは。鉛筆を取ってデッサンをしようとしても、お母さんに見せられなかった後悔と、お父さんの冷ややかな注意が脳裏に過ぎり、どうしても手が止まってしまう。