「あのスケッチブック、ぼくが持っているから。乾いたら、あのヒマワリに色は塗れないかな? アレンジメントはだめだろうけど」
せめて仲井さんが描いたヒマワリの絵だけでも仏壇に飾れたらな、と思う。
あんなに時間を掛けて、何枚もなんまいもヒマワリを描いたんだ。
お母さんも喜んでくれるはずだ。
少しくらい汚れていたって、供える時に事情を話せば分かってくれる。
仲井さんがお母さんのために描いてくれた、それに意味があるのだから。
けれど仲井さんはかぶりを横に振り、あれはもうだめだと呟いた。
乾かしたところで、汚らしい絵にしか見えない。
こんな絵を仏壇には飾れない。
お母さんにも申し訳ない、とスカートを両手で握り締める。
こうして話しているだけでも胸が痛い。呼吸すら忘れそうだ。
「わたしがヒヤシンスを描けないって話……覚えている?」
「覚えているよ。お母さんが一番好きだった花だってことも」
すると仲井さんはぽつり、ぽつりと描けない理由を語り始めた。
仲井さんが小学五年生を迎えた秋の終わり、彼女のお母さんが病で倒れた。
癌だったそうだ。
早期発見なら助かる可能性もあったらしいけれど、お母さんは末期と診断され、余命宣告を受けたという。
その病状は医者も驚くほど悪く、ずいぶん我慢をしていたのでは、とのこと。
当時のショックを仲井さんは今でも覚えているという。
もちろん、家族もショックを受け、家の中は暗くなった。
けれど本人は常に明るく振る舞い、家族を気遣っていたそうだ。
自分がいなくなっても、前に進んで欲しい一心で。
お母さんは入院しても詩を書き続けた。
そして、見舞いに来る仲井さんに絵を描いてくれるよう頼んだ。一緒に色を塗ろう、と添えて。
仲井さんは喜んで絵を描き続けた。
それでお母さんが元気になるなら、と。優しい笑顔を向けてくれるなら、と。少しでも長生きしてくれるなら、と。