「ごめんね。飛び出すつもりはなかったんだけど……お父さんのことも」
まさか人がいる前で、あんな態度を取るなんて思いもしなかったと仲井さん。
それだけ頭に血がのぼっていたのだろうと目を伏せる。
ぼくの推測、親父の心情として可愛い娘が連日のように遅く帰って来たことに腹を立てたんだと思う。
となれば、家まで送ったぼくはいけ好かない男として見られたに違いない。
娘をたぶらかした男と思われたかな。
それどころか、ぼくは仲井さんのお父さんに初対面でありながら喧嘩を売ってしまった。
今度、会ったらブッ飛ばされるかもしれない。
「どうしてここに?」
ぼくはベンチの背もたれに寄りかかり、いつもの調子で話を切り替える。
ずぶ濡れのぼく達が座っていることで、プラスチック製のベンチが濡れ、足元には水たまりができる。
最終便は終わっているから、今日はもうここに誰も座らないだろう。明日、乾いていることを願おう。
「昔ね。お母さんと、このバス停から図書館に行っていたの」
飛び出した際、真っ先に思いついた場所なのだと仲井さんは語る。
「きっと、お母さんが恋しくなっちゃったんだろうね。もう十六歳なのに、五年も前に死んだのに、お母さんに会いたくなっちゃった」
だから思い出を頼りにここに来た。
少しでもお母さんのぬくもりに触れようと、バス停まで来た。
仲井さんはくしゃくしゃに笑う。
悲しそうに、泣きそうに笑う。
あんまり好きじゃない顔だった。見ているだけで痛々しい。