なのに。
「奪うなよ。仲井さんの思い出を、好きなものを、夢を、あんたが奪うなよ!」
「……きみは、どうしてそこまで志穂のことを」
静かに聞いていたお父さんの問いに、すかさず答える。
「どうして? そんなの決まっているだろ、ぼくが仲井さんの彼氏だからだ!」
誰よりも仲井さんの気持ちを知っているし、夢を聞いている。
彼女の気持ちはぼくの中にある。
「一度も真剣に話を聞いたことがないくせに、偉そうに人生なんて語るなよ。オトナの価値観だけで人生を語られたってわっかんねぇよ。コドモのぼく達には分かるわけねぇだろ、なんだよ夢を見ちゃいけねぇのかよ!」
好きなものを仕事にしたい。
その夢すら見ちゃいけないのかよ。
見て良い夢と、悪い夢でもあるのかよ。
「これ以上クダラナイとか言いやがったら、仲井さんを悲しませるなら、ぼくがあんたをはり倒す。父親も家族も関係ねぇよ!」
「もう、いいよ。中井くん」
紙袋と傘の落ちる音が聞こえた。
急いで首を動かせば、仲井さんが泣き顔のまま笑っていた。
くしゃくしゃに歪んだ笑顔を貼り付かせたまま、「もういいの」と、彼女は目元を手の甲でこする。
「お父さんにとって、わたしのゆめはくだらないの。言ったところで、お姉ちゃんと比べられるだけ。聞いてもらえない、くだらないゆめなの」
「なかっ……待って! 仲井さん!」
ぼくの呼び止める声にも、転がった紙袋にも、悲しそうにそこから顔を出して倒れているヒマワリのアレンジメントにも、傘に目もくれず、仲井さんが走り去ってしまう。
「志穂!」
それが結花さんの呼び声だったのか、お父さんの呼び声だったのかは分からない。
振り返る余裕も、確認する余裕もない。
今は仲井さんを追い駆けることで頭がいっぱいだった。
ああ、いつまでも仲井さんの、くしゃくしゃな泣き笑いが脳裏から離れない。
⇒【4】