「幼稚園の先生になった結花を見習って、もっと人に役立つ夢を持て。お前の夢は現実から逃げるだけの、クダラナイ夢なんだ」

「に、逃げてなんかいない! わたしの夢は逃げなんかじゃない!」


「どこが逃げていないんだ。お前はいつもそうだ。そうだった。母さんが病気の時も、死んでからも、ずっと絵に逃げている。もう何もわからない子どもじゃないんだ、現実と向き合え!」


一瞬なにが起きたのか分からなかった。

理解した時には、二冊のスケッチブックが濡れた路面に転がり、ページを開けて、無数の雨粒を一身に浴びていた。

お父さんが投げたのだと気付いたぼくは、傘を仲井さんに押しつけ、急いでそれを拾いに行く。


うそだろ。仲井さんが色を塗る予定だった絵が。


水浸しの路面にページが押し付けられたのか、ヒマワリがぼんやりとにじんでいる。

仲井さんが三日もかけて描いた末に、納得したデッサンが。


不用意に拭けば、鉛筆の線がにじんでしまうから、そのページには触れず、できるだけ下を向けて雨から絵を守った。


そしてこみ上げてきたのは、泣きたくなるほどの痛みと悲しみ、言い知れない怒り。



「なにするんだよ!」



ぼくは後ろを振り向いて、初対面の人間に向かって怒鳴り声を上げた。

相手が誰だろうと知ったこっちゃない。

この仕打ちに対して、彼女に向けられた言葉に対して、物申したかった。


「これは仲井さんが三日もかけて描いた絵だ! お母さんの仏壇に飾るために、一生懸命に描いていた絵なんだ! これにお母さんの詩を添えて、お母さんにあげようとしていたのに」


何時間掛けたと思っているんだよ。

絵は一時間、二時間で描けるものじゃない。

それこそ、一日、二日、三日、完成に一週間以上かかる。


きっと、仲井さんは家でも、ヒマワリのデッサンを良いものにしようと努力していたに違いない。天国にいるであろう、お母さんの喜ぶ姿を想像しながら。


明日から絵の具で塗ろうとしていたヒマワリの絵だったのに、なんでこんな酷いことができるんだよ。現実逃避ってなんだよ。クダラナイってなんだよ。