一方で、怒ったような、呆れたような顔をしている人がひとり。
仲井さんのお父さんだ。理由を聞くや、「またか」と、独り言を呟いた。
それだけでぼくの胸がチクリと痛くなったのは、彼女の気持ちが疼いているからだろう。
「ここ最近、帰りが遅いと思ったら。志穂、家でとやかく言われるのが嫌な理由は分かるが、少しは時間を考えろ」
「お父さん。その話は家に入ってからでいいじゃない。お友達もいるみたいだから」
結花さんの言う通り、部外者のぼくはとても気まずい。
ここで親子喧嘩なんてされても困る。
だけどお父さんは虫の居所が悪いのか、それとも連日の帰宅時間に怒りがあるのか、仲井さんに歩むと、彼女が大切に抱えている紙袋から見えているスケッチブックを二冊とも引き抜いてしまう。
「あ」と、戸惑いの声を漏らす娘を無視し、その中身を確認した。
全部ヒマワリの絵で満たされているスケッチブックに何を思ったのか、「勉強もしないで」と、開口一番に文句を言い放つ。
隣にいるぼくにも目に入らないのか、お父さんは言った。
遊ぶなとは言わない、でも一学期のテスト成績の悪さも忘れて、こればかりに集中してもらっても困る、と。
「あ、遊びじゃないよ。これは」
しどろもどろになる仲井さんが反論すると、
「また夢の話か。絵で食べていけるほど人生は甘くない。趣味に留めておきなさい」
ズキリ、と胸が痛む。
張り裂けそうなほど痛いのは、仲井さんが傷付いているから?
「少し絵が上手いからって、それで絵ばかり描いて、本当にそれで食えると思っているのか? お前の夢は単なる現実逃避だ。嫌なことがあると、すぐに絵に逃げていただろう」
現実逃避?
イラストレーターになる夢が逃げているって?
意味が分からない。
仲井さんがどれだけ絵に情熱を注いでいると思っているんだ。
上手くなろうと努力していると思っているんだ。
お母さんの思い出を大切にしていると思っているんだ。
彼女の夢が理解できないのはしょうがないとしても、もう少し言い方があると思う。