「忘れていないけど、こんな時だけ彼女として振る舞うなんて……中井くんを都合よく利用しているだけだよ。もう利用している、けど」
「お互いさまだろう? そういう条件で付き合い始めたわけだし」
「うん、分かっているけど、なんとなく嫌なの。中井くんがどんな人なのか、この数日で分かってきたから」
それもお互いさまだ。ぼくだってこの数日で、仲井さんがどういう人なのか分かってきたつもりだ。
彼女が、どれほどの努力家なのかも。
「中井くんはわたしと正反対な人。クラスでは目立つ方で、男の子達とバカをして、なにかとヒトを弄って弄られて。
だけど、本当は困った人を放っておけない、真面目さんで。今もそう。困った人を放っておけずに、自分の濡れる心配より、わたしの心配をするんだよ」
そんな人だと知ったからこそ、期間限定であろうと誠実に付き合いたい。仲井さんが視線を持ち上げて、そっと、はにかんでくる。
顔どころか首、そして耳たぶまで熱くなった。
勘弁してくれ。
そこはガチで返すところじゃないだろう。聞いているこっちが恥ずかしくなるじゃないか。心臓が破裂しそうだ。
「にんべんのナカイさん。次の角を左に曲がるんだよね?」
「にんべんのないナカイくん。左に曲がりたいのに、きみは右に行こうとしているよ」
制服を掴まれたことで羞恥が増す。
こんなの、あからさまに動揺していると態度で言っているようなもんだ。
チラッと仲井さんに視線を流すと、彼女はまた“ヒヨコ”になっていた。
言った本人も恥ずかしかったのかもしれない。ぼくに視線を向けようとしなかった。