「今、こうして集中して絵が描けるのは、その想いがあるからかも。不思議、中井くんと気持ちが入れ替わっても集中してイラストを描けるんだから」
「それだけ仲井さんが大切にしている気持ちってことだろう? あーあ、それを聞かされちゃ早く元に戻らないとな。今からぶつかってみる?」
「何度も試して無理だったでしょ。今日はいいよ。ねえ、中井くんはどうして映画が好きになったの? 聞いたことがなかったけど、きっかけでもあるの?」
振られた話題に大きく心臓を鳴らせてしまう。
ぼくが、どうして映画を好きになったのか、その理由は。
「なかい、くん?」
聞いてはいけなかったのか、と憂慮を含んだ眼が向けられる。
そうだ、仲井さんはぼくの気持ちを持っている。
きっとぼくの気持ちが疼いているに違いない。誤魔化したところでばれるだろう。
だけど、触れないで欲しかった。
ぼくが映画を好きになったクダラナイ理由なんて。
「さあ忘れちゃった。なんで、映画を好きになったか、なんて……ほんと、なんでだろうな。ただ、そうだね。忘れられるから、映画は好きだよ」
「忘れられる?」
「映画はその世界に浸れる。この目でその世界を見るから、今の自分を忘れられる。だから好きだよ。いや、今は好きだった、かな」
少なくとも仲井さんのような立派な理由はないし、入れ替わった気持ちも小さい。
曖昧に笑うと、彼女も同じように笑い、話を打ち切ってくれた。その心遣いがありがたかった。
そして心のどこかで、うらやましい気持ちもあった。
仲井さんみたいに、また熱中するものが欲しい、好きなものを好きだと言える自分が欲しい――と。