どうしても上手く描けないのだと、仲井さんはため息を零す。

描こうとしても描こうとしても、途中でやめたり、新しいページに描きなおしたり、気に食わなくて消しゴムで消してしまうのだと言う。


さっきのぼくと同じだ。

絵が上手い仲井さんでも、そんな風になるんだな。


「今度こそ描き上げたいんだけどね。今年の命日までに間に合うかな」

「お母さんの命日っていつなの?」

「十二月だよ。あと四ヶ月あるけど、あっという間にきそう」


「そっか。なら十二月までには、どうにかして元通りにならないとな。ねえ仲井さん、ぶっちゃけ今はどんな気持ちなの? ほら、イラストに対する気持ちってぼくが持っているから」


悪く言えば、ぼくが仲井さんの好きなものを奪ってしまった。

ぼくとしては絵を描く楽しさを知ったし、その大変さも十二分に知ったつもり。

自分に絵のセンスがないことも含めてさ。


けど仲井さんはどうだろう?

好きなものが自分の中から消えたのだから、心にぽっかり穴でもあいたんじゃないだろうか。すごく気になるところだ。


「そうだね。情熱がなくなったかな。前までは絵が上手になりたいとか、もっと上を目指したいと思っていたけど……絵に興味がなくなった自分にびっくりしているってのが、正直な感想かな。わたしの取り柄は絵を描くことだって思っていたから」


その絵に対する情熱がなくなる。

それはやっぱり寂しい気持ちだと仲井さん。


「ただ、今は中井くんの気持ちがあるからね。落ち込むことは少ないかな。絵を描けなくなったわけじゃないし、傷付くこともなくなったし」


え、傷付く?


「とりあえず、筆休みだと思って映画を観ているよ。落ち込んでもしょうがないから。中井くんにオススメの映画でも聞こうかな」


ぽろっと零した本音を掻き消すように、仲井さんが話題を逸らす。


便乗してやることが優しさだと知っていたぼくは、「オススメねぇ」スケッチブックを返しながら首を捻る。


一言にオススメと言ってもたくさんあるからな。