「これは、なんの花?」
「それはヒヤシンス。小学校の時に水栽培したことなかった?」
あったかな。
アサガオなら育てた記憶があるけど……あとミニトマト。あれも育てたっけ。
あんまり栽培に記憶がないのは、ぼく自身に興味がなかったからだろう。
仲井さんは植物図鑑を観ながら、ヒヤシンスを描いていたらしい。
だけど、この絵を見る限り、途中でやめてしまったようだ。
他のページはしっかりと描き上げて、鉛筆で影を付けるなり、色を付けるなりしているのに。まだ描き始めなのかな?
疑問を投げると、彼女はもう一週間も手をつけていない、と返事した。
あ、しまった。ぼくのせいか。
気持ちが入れ替わったから創作意欲が欠けているんだ。
これは悪いことをしたな。
スケッチブックの絵を見ていると、一刻も早く仲井さんに気持ちを返さなきゃいけないと思う。
だけど仲井さんは浮かない顔のまま、「それは完成しないと思う」と、答えた。
「毎年描こうとするんだけど、その花だけは描けなくて。それ、死んだお母さんの好きだった花なんだけど……」
「ぼくが聞いても大丈夫かい? つらいなら止めてもいいよ」
「ううん。大丈夫。もう五年も前の話だし。ただ、お母さんが好きだった花が描けないって話をしたかっただけ。ヒヤシンスを上手く描こうとしても描けないんだ。上手く描けたら、お母さんの仏壇に供えるつもりなんだけど」