「捨てるくらいなら、これに付け足していい?」
仲井さんが鉛筆を貸して欲しいと手を差し出してくる。
何をするのか気になったぼくは、素直に鉛筆を手渡して彼女の行動を見つめる。
仲井さんは手慣れた動作でルーズリーフに線を描き始めた。
ぼくが今まさに、影を付けようかどうか迷っていた場面で、彼女は影を付ける選択をしたようだ。
右に左にルーズリーフを動かしながら影を付けていく。
流れるような鉛筆の動き、何本も描き込まれていく影、まばたきをする度に立体になっていく雑誌は感動すら覚えた。
それは、絵を描かない人間の目から見るとまるで魔法のよう。
ぼくの絵だとは思えないデッサンが完成すると、つい声を上げてしまった。
「すごいな。仲井さんが影を付けるだけで、全然違う絵に見える」
こりゃ逆立ちしても、ぼくが描ける絵じゃなさそうだ。
仲井さんはどことなく照れているようで、「これが取り柄だからね」と、頬を上気させながら肩を竦める。
彼女の気持ちを持つぼくだからこそ分かる。
仲井さんの嬉しさや、イラストに対する情熱を。本当に好きなんだな、絵を描くことが。
感心していると、仲井さんが自分の通学鞄からスケッチブックを取り出し、ぼくに差し出してきた。
「約束。今の中井くんになら見せられるよ。でも、他の男子には言わないでね」
好きなものを見せてくれるということは、少しは距離が縮まったって解釈していいのかな?
ぼくは約束すると笑顔で返事をして、遠慮なくスケッチブックの中身を見せてもらう。