「よし、いいよ。仲井さん。いつでも来てくれよ」
周りに生徒がいないことを確認し、仲井さんのイラスト本を高く挙げて、こっちの準備万端だということを教える。
「な、中井くん。できたら後ろを向いてくれないかな? 正面衝突も勇気がいるんだけど」
階段にいる、映画雑誌を持った彼女から新たな申し出をちょうだいする。
しょうがないな。ぼくは後ろを向いた。これでいいだろう。
「向いたよ。良いなら合図をくっ――は?!」
合図をくれ、という言葉は背後から飛んできた痛烈なタックルにより遮られてしまう。
心積もりもなくぶつかれたぼくは、情けなく前へすっ転んだ。
しかも仲井さんが倒れてくるというおまけつき。
ぐぇっとカエルが潰れたような声を出してしまった。勘弁してくれ!
「どうかな? 元に戻ったかな?」
期待を込めてくる仲井さんにまずは言いたい。退いてくれ。
「……せめて、合図はくれよ。危うく顔面を打ちそうになったんだけど」
「わたしも突然だったよ。すごく驚いたんだから」
彼女は悪びれた様子もなく、ぼくの背中から下りていく。反論ができないことが悔しいんだけど。
さて、お待ちかねの結果発表だ。
本と雑誌を交換して、現実のぼく達と鏡のぼく達を見比べる。
先にため息をついたのはどっちだったのか、変わらない結果が鏡に映っていた。
ぼくは相変わらずイラスト本を持っているし、仲井さんは映画雑誌を持っている。現実のぼく達と相反していた。
チャイムが鳴ると同時にぶつかるべきだったのかもしれない。
あの時は、五時のチャイムが鳴り始めると同時にぶつかったのだから。
そこで五時まで待ち、同じように衝突事故を起こしてみる。
結果は変わらなかった。
痛い思いをするだけで、ぼく達の気持ちは元には戻らなかった。
何がだめだったのか、その原因すら分からない。当時のように、ほぼ衝突事故を再現したのに。
どうやって元に戻るのか、それすら検討がつかず、ぼく達はすっかり意気消沈してしまった。
特に仲井さんの落ち込みはひどくて、その場でしゃがんでしまうほど。今すぐにでも、自分の気持ちを返してもらいたかったようだ。
「これからも中井くんの気持ちに振り回されるのはヤだよ。絵だって好きなのに」
こんなに落ち込まれてしまうと、事故を起こした原因のぼくは居た堪れない。
できることなら、今すぐ戻してあげたいけど、そのやり方は分からない。お手上げだ。