「あの時は中井くんが突然飛び出してきたから。わたしは帰ろうとしていただけだし。そういえば、踊り場の鏡の前でぶつかったよね」
踊り場の鏡の前。
ぼくは記憶を辿り、その状況を思い出す。
確かに鏡があったな。ぼく達はそこでぶつかった。
あ、そうだ。チャイムも鳴っていたっけ。
一時間くらい説教を受けていたから、時間は大体覚えている。
あのチャイムは五時を知らせるものだった。
「仲井さん。放課後は暇? ちょっと事故現場に行って調べてみよう。もしかしたら、戻るヒントがあるかも。待ち合わせ場所は、三階と四階の間にある、あの踊り場だ」
異論がなかったのか、仲井さんは「いいよ」と、頷いてくれた。
彼女自身、一刻も早く気持ちを返してもらいたいのかもしれない。
よっぽど教室で変な態度を取ったことが堪えているようで、何度も教室には戻りたくないと繰り返していた。
放課後になると皆が帰ったり、部活に行ったり、と教室から出て行くところを見計らって、例の事故現場に向かう。
待ち合わせしていた仲井さんと合流すると、鏡の前に立ってそれを観察する。
鏡はヒト二人分を簡単に映し出し、向こうにいる全身姿のぼく達は難しい顔をして首を傾げている。
「ただの、鏡だよな?」
「うん。どこにでもありそうな鏡だね」
これが原因なのか?
ぼく達は横目で見合わせ、鏡に視線を戻す。
「この前でぶつかったんだよね? 中井くんはこの雑誌を持っていたっけ?」
仲井さんが通学鞄のチャックを開けた。
ビニール袋に入っている雑誌を指さし、確認をしてくる。
ぼくは頷いて、それを取って良いかと尋ねた。
その代わり、ぼくの鞄から彼女のイラスト本を取るよう促す。今なら返せる気がしたから。
ようやく戻って来た映画雑誌をビニール袋から取り出す。
嬉しいはずなのに、何も思うところがない。
映画なんて、どうでも良いとすら思えた。
でも、実はその気持ちに対してどこかホッとする自分もいる。それは、たぶん――。