「ねえ、キスしてもいい?」


すっかり日が暮れた七時頃。

視聴覚室にいたぼくは帰り支度を終わらせた仲井さんと教室を出て、人気のない四階の階段を下りる。

その途中、ぼくは彼女にキスをしてもいいか、と尋ねた。

イラストを描いてもらっていた気持ちが昂り、どうしても仲井さんとキスをしたくなったんだ。


その前から機会は狙っていたんだけど、なんとなく言いづらくて。

“ナカナカ”コンビは、ナカナカに恋の進展が遅いってか? 全然上手くねーの。


先に踊り場まで下りたぼくを、仲井さんが驚いた顔で見下ろしてくる。ぼくは誰かさんのマネをして唇を尖らせた。


「好きなんだから、そういう欲を持ってもしょーがないだろ」

「だ……誰のマネ、それ」

「分かっているくせに」


へらへらと笑ってやれば、仲井さんが顔を真っ赤にしてわなわなと体を震わせてくる。

あ、やば、怒らせた? キスは無理っぽい? おあずけ?

彼女はずんずんと下りていた階段を二段、三段、上ってしまう。


ぼくとは違う階段を使うのかと思いきや、「じゃあ受け止めてね!」と、仲井さんがワケの分からないことを言ってきた。

じゃあ受け止めて?

頭上に疑問符を浮かべるぼくが、血相を変えたのはこの直後。勢いをつけた彼女が降ってきた。まじで階段から降ってきた。


「ば、ばか! なにして、ああもう!」


落ちてくる仲井さんを受け止め、ぼくはその場で派手に尻もちをついた。

なんなのもう勘弁も勘弁なんだけど。尻がいってぇのなんのって。

荷物を持ったまま飛び下りてくるし、重いし、痛いし、なにより心臓が止まるかと思った。


呻いているぼくの腕の中では仲井さんが「怖かった」と感想を述べていた。

当たり前だ。ぼくも怖かったよ。

いきなり受け止めろ、とか無茶ぶりにもほどがあるだろ。


「おい志穂」怒りを見せるぼくに、「また入れ替われる気がして」彼女は悪戯っぽく笑いを零した。

はあ? また入れ替わりたいってか? なんで。


「入れ替わって、英輔くんがわたしと本気でキスしたいかどうか確かめてやろうと思って。真剣になったと思ったら、すぐ茶化すから」


ばか、そういう空気にしないと焦るのは仲井さんじゃん。

こっちの気も知らないで。ナカナカに鈍い子だよ、ほんと。


それとも実は期待を寄せている彼女に気付かない、ぼくが鈍いのかな?


さすがは“ナカナカ”コンビ。ナカナカに上手くいかないったらありゃしない。


向こうに見える鏡に目を向け、ぼくはそれを指さす。