「それ。ヒヤシンス?」
放課後、ぼくと仲井さんは視聴覚室で過ごしていた。
期間限定の付き合いから、この時間はちっとも変わっていない。
ここでぼく達はふたりっきりの時間を過ごす。
一緒に漫画を読むこともあれば、お互いの雑誌を読むこともあるし、仲井さんはスケッチブックに絵を描くこともある。
ぼくはギター楽譜を眺めて、コードを指で覚えようとする。
そんな穏やかな時間を過ごす。
仲井さんのスケッチブックを覗き込んだぼくが、それはヒヤシンスか、と尋ねると、彼女は大きく頷いた。
「お母さんの命日は今月だから。今年は間に合いそう」
「そっか。良かったじゃん。描けないって嘆いていただろ?」
「うん。それでね英輔くん。ヒヤシンスのペン入れが終わったら一緒に塗ろう」
「……また志穂は。ぼくの色塗りの下手さを知っていて、それを言うの?」
「知っているよ、英輔くんが下手くそなのは」
このやろう。はっきり言ってくれちゃって。
「でも、わたしは英輔くんと塗りたいの。これを仏壇に飾って、お母さんに報告するんだ。好きな人と一緒に塗りましたって。ヒマワリも喜んでくれたと思うけど、ヒヤシンスはもっと喜んでくれると思うんだ」
なにより、誰かと一緒に色を塗ったら楽しい。好きな人と塗ったら、なおさら楽しいと仲井さん。
それを聞いたぼくは額に手を当てて、言い知れない羞恥心を噛みしめた。
仲井さんの天然の殺し文句はいつ聞いても慣れない。心臓が破裂しそうだ。
嬉しい? ああもう、嬉しいよ。嬉しくて爆発したい気分。
じっと見つめて、返事を待つ仲井さんに「分かった。わかったよ」と、ぼくは折れて一緒に色塗りをすると答えた。
下手くそでも文句は言うなよ、と付け加えて。
嬉しそうに頬を上気させる仲井さんの笑顔に悔しさを覚え、ぼくはスケッチブックを取り上げてパラパラとそれをめくっていく。
これはいつもやっていることなんだけど、今日の仲井さんは中身を見られたくないのか、「あ」と言って焦ったように手を伸ばしてくる。