あの衝突事故でぼくと仲井さんの気持ちが入れ替わってしまった。

よくSFネタにされる人格の交替じゃなく、ぼく達が一番に興味を持っている気持ちが入れ替わってしまった。ぼくの映画に対する気持ちと、彼女のイラストに対する気持ちが入れ替わってしまったんだ。


「う、そだよな。ぼく達の気持ちが替わったなんて」


目を白黒にさせて、仲井さんに同意を求めるけど、彼女から反応はない。ぼくの出した結論に血相を変えている。


「映画のことで頭がいっぱいなのは、中井くんの気持ちがわたしの中にあるから? じゃあ、中井くんが友達と映画の話をしている時、わたしが反応しちゃうのは? 楽しいと思うのは?」

花火のように疑問を浮かべては、それを散らす仲井さんと視線を合わせ、ぼくは目を泳がせながら答えを探す。

「え、えーっと。それはぼくの気持ちが仲井さんの中にあるから? 本当はぼくが楽しいと思うはずの気持ちがきみにあるから……かなぁ」

「中井くんも、お、同じだったりする?」

「……う、うん」


仲井さんがイラストを見たり、それに関わる話題に触れたりするとぼくの中に宿る彼女の気持ちが反応する。

だからぼくはさっき、思わず展覧会に行きたいと発言してしまった。


試写会に行くと返事してしまった仲井さんも、ぼくと同じ状況なんだろう。


涙目になって、「返してよ」と、ぼくの体を拳で叩いてくる。


「このままじゃ、また変な態度を取っちゃうよ。わたしの気持ちを返してよ」

「ぼ、ぼくに言われても困るよ……困っているのはお互いさまなんだけど」

「だって、中井くんがあの時、ぶつかってきたからこんなことに……」


「それに関してはごめんって。けど、こんなことになるなんて誰も思わないじゃないか。人格が入れ替わらなかっただけでも、助かったと思うべきじゃん?」


開き直りとも言える態度で、両手を挙げると仲井さんがぶうっと脹れ面を作る。

唇を尖らせている姿は、まるでヒヨコだ。

じっとりと睨んでくる目におどけて、「な?」と、同意を求める。


人格が入れ替わったら、名前の音こそ同じでもぼくは仲井さんとして振る舞わないといけなくなる。

男が他人の女として振る舞うのも、女が他人の男として振る舞うのも、苦痛じゃん?


それよりかはずっとマシだと思えるんだけど……自分で言ってなんだけど、想像しただけで怖くなった。そういう事態にならなくて本当に良かった。

にんべんのナカイさんとして振る舞う日々なんて、まっぴらごめんだ。


「問題するべきところは、ぼく達の気持ちがなんで入れ替わったか、だよな」


原因は衝突事故なのは分かっているけど、ぶつかっただけで入れ替わるもんか?

だったら全国で起きている衝突事故はどうなるんだよ。

皆、実は入れ替わっていたりするのか?


だったら毎日がアンビリーバボーだろう。


「しかも興味を持っているもの限定で入れ替わった、なんて……」

「それは、わたし達がぶつかる直前まで、本を持っていたからじゃないかな。お互いに持っていた、あれだよ」


そういえば、ぼくはひとつ頷く。


「あの時は急いでいたから、ろくすっぽう状況を覚えていないや。仲井さん、何か変わったことはなかった? ぼくがぶつかってくる直前まで」


すると仲井さんが、少し考えるように目を伏せ、小さな唸り声を上げた。