「仲井さん。合図はくれよ」

「大丈夫だよ。ちゃんとぶつかるから」


こりゃ期待はできなさそうだ。


チャイムが聞こえてきたら、仲井さんはぼくに全力でぶつかってくるだろう。

気持ちが戻ったら、ぼく達の関係はおしまい。

期間限定のお付き合いも終了。


“ナカナカ”コンビは解散。


そういえば、告白の返事をまだもらっていないけど、仲井さんの気持ちはどうなんだろう?

彼女の気持ちは持っているのに、そういう気持ちは分からないってのも不便だな。

ま、簡単に分かったら面白くないし、こういうものは直接本人から聞いてこそ、だろう。


仲井さんの気持ちのせいで、興味のないイラスト雑誌を大量に買ったり、慣れないデッサンをしたり、と散々な目に遭ったけど、今では楽しい思い出だ。

少しでもきみの気持ちの一部を知れて良かった、本当に良かったと思う。


五時を知らせるチャイムが聞こえてくる。


広い校舎に響き渡る鐘の音がすべての終わりを告げる。

これでぼく達の不思議な関係が終わる。


ぼくは、仲井さんは、元の自分の気持ちを取り戻す。


仲井さんに背を向けていたぼくは、チャイムと同時に踵を返して彼女の方を向いた。


目に飛び込んできたのは、目と鼻の先にいる小さな体躯と、真ん丸に目を見開く彼女と、手に持っている雑誌と。

勢いづいた体を受け止めたぼくは彼女を抱きしめて、腕に閉じ込めてやる。


お互いに持っていた雑誌と本が落ちたけど、まったく気にならない。


「また合図をくれなかった。仲井さん、勘弁してよ」


危うく痛い思いをするところだったとおどけ、ぼくは彼女と視線を合わせる。


「告白の返事が聞きたいな。きみの気持ち、ぼくに教えてよ」


今度はお互いの気持ちを感じ合う、じゃなくて、伝え合いたい。

それが良い結果であれ、悪い結果であれ、ぼくは伝えたことを後悔しない。

仲井さんを好きな気持ちは本当なのだから。

もう自分を偽らないと決めたのだから。



ほどなくして、鏡の向こうのぼく達が頬を赤くするだろう。

照れたように笑い、お互いに持つべき雑誌と本を拾って、期間限定のお付き合いに終わりを。

そして、これからの関係に始まりを迎える。


これは誰も知らない、ぼくと仲井さんの不思議な体験。ふたりのナカイだけが知る秘密の物語だ。