心のどこかで思っていたのかもしれない。
こんな気持ち、自分、夢なんてどこかに行ってしまえ、と。
好きなものや夢ができることは良いことだけど、現実と照らし合わせると、どうしても良いことばかりじゃない。悪いこともたくさんある。
自分の好きなものを通して現実の良し悪しを知ることは思いの外苦痛だった。
コドモの自分達にはそれが重たかった。
だから、あの事故で入れ替わったのかもしれない。
鏡は本当の自分を映し出すものだと云われている。
ぶつかる際、自分達は現実から逃げたいと、その気持ちを手放したいと願い、そして不思議なことに入れ替わってしまったのではないか。
仲井さんは夢のような推理を述べた。
ぼくは笑うこともなく、ただ相づちを打つばかり。そうなのかもしれない。
「入れ替わることができたのは、ぼく達がナカイだったからかなぁ」
「ふふ、そうかもね。実はぶつかった時に、わたし達ナカイの苗字が入れ替わったのかも」
仲井さんが鏡に映る自分達を指さす。
未だに鏡の向こうのぼく達は、それぞれ相手の本と雑誌を持っている。
ぼくは仲井さんの手に持っている雑誌に目を落として鏡と見比べた。現実の雑誌は映画雑誌のまま。
だけど、鏡の向こうの雑誌の表紙はギターになっていた。
ずっと誤魔化そうとしていた心が、鏡の向こうでは表に曝け出されている。
鏡は本当の自分を映し出す、か。
今のぼくは心の底からギターに触れたくて仕方がないようだ。あの本と雑誌はぼく達の心そのもなのかもしれない。
スマホで時間を確認する。
五分前になったところで、仲井さんとぼくはそれぞれの位置に立った。
相変わらずぶつかる役は仲井さんで、ぶつかられる役はぼく。
また後ろを向いてあの衝撃を受け止めないと……痛い思いをしないといけないようだ。
合図くれるかな、仲井さん。
いつも合図なしでタックルしてくるから、ぼくは痛い目ばっかり見るんだけど。