「ふたりは行っちゃったの?」
姿が見えなくなってしまった中学時代の同級生を、いつまでも見送っていたぼくの隣に仲井さんが並ぶ。
少しは話せたか、と聞かれ、ぼくは軽く頷いた。
「ギターが好きでしょうがないって伝えたよ。ぼくは根っからのギターバカだってことが、今回の件でよーく分かった。オトナになっても、こうなのかな?」
「さあ。もしかしたらギターに代わるものが出てくるかもね。それは中井くん次第だよ。だけど無駄じゃないとは思うよ。ギターが好きだった自分がいたことは」
そうなのかな。そうだといいな。
オトナになったぼくが果たして、これからもずっとギターを弾き続けるのかは分からないけれど、今は素直にギターを一番だと主張しておこう。
それに代わるものが出たとしても、ぼくはもう忘れない。
自分を否定するつらさを。偽り続ける苦しさを。逃げたところで諦め悪く想い続ける自分がいることを。
ああ、早く元に戻りたいな。
自分の気持ちを持ってギターを弾きたい。
そう思った瞬間、胸が熱くなった。陽だまりに出たような、じんわりとした温かさを感じる。あれ、これは。
仲井さんと視線を合わせる。彼女も同じ現象が襲ってきたようだ。
今日なら元に戻れるかもしれない。いや、元に戻れるはずだ。ぼく達は確信を得ていた。
そういう予感がするんだ。
今までぼく達が何度ぶつかっても、普通に過ごしても、うんともすんともなかったのに、心の底から戻りたいと思った今、胸が熱くなった。
これは戻れる予兆なのだと本能が察知した。
四時半になると人目がないことを確認しながら校舎の中に入る。
向かう先は勿論、あの踊り場だ。
例の本と雑誌を持って、時間の三分前になるまで、ふたりでこの不思議な体験について話す。
なんでぼく達の気持ちが入れ替わったのだろう、とか。
どうして今まで戻れなかったのだろう、とか。
それらの疑問に仲井さんがこんな推測を立てた。
「たぶんね、わたし達……自分の夢や好きなものから逃げようとしていたんだと思う。傷付きたくない一心で。わたしはお父さんと向かい合おうとしなかったし、中井くんは他の物で誤魔化していたでしょ? だから戻れなかったんだと思う」