『残り少し』
楽譜のヒヨコがぼくを応援している。
ステージの照明の熱によって、こめかみから汗が流れ始める。
じりじりと焼きつけられるような暑さに手が汗ばんだ。
柳の歌声、宮本のギター、キーボード、ドラム。観客から届けられる手拍子。掛け声。
そして自分のギターの音。
たくさんの音が鼓膜を振動する。
それがすごく、すごく、ぼくの心を躍らせる。
ライブってこんなに楽しいものなんだ、と思える自分がいた。
夢見ていたステージはこんなにも興奮して楽しい。終わって欲しくない、この時間がもっと続けばいいのに。
ああ、夢中になって弦を弾いていた気持ちを少しずつ思い出していく。
ギターに対して楽しいとか、興奮するとか、そんな気持ちは今のぼくには感じることができないけど、でも……今、こうしてギターを弾く自分がぼくはきっと好きなんだと思う。
いや、好きでいたい。
もう否定なんかしない。また向き合いたい、大好きだったギターと。
『お疲れ様!』
ヒヨコの吹き出しを目にしたと同時に、ぼくは終わりを示すギターのコードを押さえる。
それぞれギター、キーボード、ドラムが強く音を鳴らし、演奏の終わりを観客に教えた。
一呼吸置いて大きな拍手がわき起こる。
それを一身に受けた柳達は満足気に頬を崩して、額に滲んだ汗を拭っていた。
ぼくもきっと同じ顔をしているんだろう。
手の甲で汗を拭い、緩んでいる頬に触れた。
「あの日以来だ。ギターを弾いて笑えたのは」
それに気付いた時、ぼくは鼻の奥がツーンと痛くなる。
誤魔化すように笑みを作ると、ぼくはゆっくりと閉じていく幕を見つめる。
そこで垣間見えた仲井さんが何度も目元を指で拭い、大きく手を振ってくれた。
ぼくも弦から手を放して振り返す。
幕が完全に閉じてしまうまで、ずっと仲井さんに向かって手を振り続けた。