体育館に入ると、真っ暗な空間に小さな囁きが群がっていた。
意外にも観客は多く、パイプ椅子は人で埋まっている。
一つのステージが終わる度に、人の入れ替わりは激しかったけれど、あまり椅子が空くことはない。
みんな二年に一回の学園祭に一つでも多く、思い出を作ろうとしているようだ。
一組前のステージが終わると幕が閉じ、準備が始まる。
生徒会や学園祭の運営委員が慌ただしく機材を運び、ぼく達もそれを手伝う。
あとは配置について楽譜をスタンドに掛ければ、はい、出来上がり
メンバーの心の準備が整えば、いつだって始めることが出来る。
ふと、ぼくは自分の指先の震えを感じた。
その手に目を落とし、軽くグーパーを作る。怖いのかな? いや、違う。
ただの緊張だな、これは。
だってぼくの脳裏には、もう過ぎらないんだ。
苦い記憶も、笑い声も、責め立てる声も。うん、大丈夫。
誰にどう思われても、ぼくはギターを弾く。自分と向き合うために。
なにより仲井さんが信じてくれているんだ。ここで逃げたら男じゃないだろ。彼女がいるからもう逃げない。ぼくは自分を偽らない。
「いくぞ。お前等」
小声で声を掛けてくる柳に頷くと彼は生徒会の裏方に合図を掛け、頃合いを見計ったドラム担当はシンバルを鳴らす。
それに合わせてキーボードの鍵盤が力強く叩かれ、ぼくと宮本はギターの弦を素早く弾いた。
それに伴ってステージの幕が左右に分かれ、たった数分のライブが始まる。
拍手が聞こえてきた。それを掻き消すように、柳が演奏に乗って歌い始めると、それらは手拍子に変わる。
「柳ー!」
ハキハキした応援を飛ばしてくる女子の声はたぶん、クラスメイトの声。
宮本や他のメンバーも呼ばれる中、最前列から微かにぼくを呼ぶ声も聞こえた。
楽譜から視線を逸らし、観客に目を向けると、一生懸命に両手を叩いている仲井さんの姿。
そういうキャラじゃないだろうに、がんばって声を出して呼んでくれたんだろう。
この体育館のどこかに旭と菜々がいるのかな。
本当に観に来てくれているのかな。
もし観に来ているなら今、ふたりにはぼくがどう映っているんだろう。
やっぱりギターを弾いている中井英輔は下手くそ、だと思っているのかな。
それとも久しぶりにギターを弾いているあいつを見た、と思っているのかな。
はたまた、べつのことを思っているのかな。
中学時代、五人で立つ筈だったステージは夢まぼろしとなって消えてしまった。
きっかけはぼくのギターの凡ミスから。
そこから始まったハブりとすれ違い、陰口を叩かれていた悲しさや、自分にギターの才能はないのかと悩んだつらい日々。
引き金となったリハーサルのライブ事件と、突き飛ばし事故。
それらによってぼくはギターを嫌いになった。嫌いになろうと努力した。