「中井くん」

残り三組となったところで、ぼく達は体育館に入る。

その途中、仲井さんに呼び止められてぼくは足を止めた。

彼女の方に視線を投げると、物言いたげな表情を浮かべ、じっと見つめてくる仲井さんがそこにはいる。

心配をしてくれているんだろう。

ヒヨコになって、掛ける言葉を探している。


「今のぼくはどんな気持ちでギターと向き合っている?」


先にこっちから言葉を投げた。

「そうだね」

仲井さんは正直に答えた。チクリ、チクリと痛む恐怖がある、と。

けれど、今までのように露骨に恐怖しているわけでも、怯えているわけでもない。前を向こうとしている痛みだと教えてくれる。

「そして、ちょっとだけわくわくしている、かな。中井くん、楽しみ?」

「そうだね。あの頃の自分を取り戻せそうな気がするから」

「……気持ちが元に戻っても、そう言える?」 

元に戻れば、お互いにまたあの痛みが襲ってくる。

仲井さんはお父さんに夢を否定される度に現実を思い知らされ、ぼくは好きなものを向き合う度に過去を思い出してしまう。

今はギターが弾けても、気持ちが戻った瞬間それを手放すしかもしれない。

その可能性があったとしても。

「もう自分を偽らないよ。仲井さんに教えてもらったことだからさ」

満足のいく答えだったんだろう。

仲井さんは大きく頷き、「ライブがんばってね」と声援を送ってくれる。最前列で聴くと微笑みを添えて。


そんなきみにぼくは心から伝えたい。



「仲井さん。ぼくはきみのことが好きだよ」



それは自分を偽らないと決めたからこそ、仲井さんに伝えたい気持ちだった。

彼女にどう思われようと、それこそ例えば断れようと、ぼくは仲井さんに好きだと伝えたい。

さっき心臓が止まりそうな殺し文句をもらったんだ。

彼女にだってそれを経験してもらいたい。


それがなくたって決意を固めた今、どうしても仲井さんに伝えたい。誰よりも彼女が好きだって。


「これが終わったら聞かせてよ。返事」


今度は期間限定じゃない関係になりたい。

そう彼女に伝えると、笑みが崩れて呆けた顔になった。何を言われたのか分からないんだろう。


「おーい、中井。なあにイチャついてやがるんだ。さっさと来いよ!」


柳の呼び声に反応したぼくは、「今行く」と手を挙げ、彼女に背を向けた。その際、振り返って一言。


「ヒヨコなとこも好きだからな」


返ってきたのは当然、特大のバカだった。