「ぼくの準備はいいよ。やろう」
右手を軽く挙げて合図を送ると、ドラム担当が音頭を取り始めた。
そしてシンバルと太鼓が鳴り、キーボードが叩かれ、柳が歌い始め、ぼくは宮本とギターの弦を指で弾く。
ギターを演奏することはもちろん、誰かと演奏することは本当にあの事件以来だ。
ブランクがあるせいか、指がもつれ、フィンガリングが上手くいかない。
それでも演奏をやめようとは思わなかった。
向こうで仲井さんが見守ってくれていると知っているから。
どうにか一曲を弾き終えた時の疲労感は半端なかった。
それだけ、肩に力を入れて弾いていたことが自分でも分かる。
ところどころ間違えてしまったけど、皆は許してくれるかな。
反応に恐れてしまうのは、ぼくの弱さゆえだろう。
「取りあえず、いけそうだけど……ぼくで柳の代わりはできっ」
できそうか? と、聞こうとした瞬間、また柳に飛びつかれた。
突然のことに倒れそうになった。
な、なんだよ急に。
「すっげぇじゃん。中井、お前すっげぇ上手いじゃん! 超イカしていたんだけど! なんだよ、弾けないとか嘘つきやがってさ! 宮本の演奏なんてポンコツじゃんか!」
「それはお前もだからな柳! こっちとら練習を始めて二ヶ月ちょいなんだ。下手で上等だっつーの。
はぁあ中井も性格悪いぞ、そんなに上手いなら教えてくれたって良かったじゃんかよ」
「……教えられるほどの腕じゃねーしな」
「ま、なんか事情はあったみたいだけどさ。普通にカッケーよ、お前。ふざけんなって思うくらいにさ」
片目を瞑ってくる宮本が、本番まで自分にギターのレッスンをつけてくれるよう頼んでくる。少しでも上手くなっておきたいのだと告げて。
「足を引っ張らない程度には上手くなるぞ。中井の腕を知ったからには、まじがんばらねぇと」
「まあまあ。宮本の上手くなりたい気持ちも分かるけど、まずは楽しんでいかないとな。中井、お前も楽しんでくれよ。飛び入り参加させてなんだけど、こういうのは楽しまないと」
柳は宮本に「間違えてもおれの歌でカバーしてやっから」と、肘で脇を小突いていた。
あくまで楽しむ方向でいこう。
これは皆のためのライブじゃない、自分達のためのライブなのだから。自分達が楽しまないライブなんて面白くない。
そう謳う柳の言葉に、ぼくは心を打たれた。
こいつは本当に好きなものを、大好きだと主張している。
少しの間違いや失敗より、好きな気持ちを優先して、みんなで楽しもうとしている。
それは中学時代のメンバーにはなかった考えだ。
もしも柳のような人間があのメンバーにいたら、少しは違った未来があったのかな。
廊下に視線を投げると、仲井さんが手を振ってくれた。がんばれの意味を込めて。
ぼくも手を振り返す。もう一度、自分と向き合うために本番までがんばる。その決意を込めて。