「中井。お前なら来てくれると思った。ありがと、ほんとありがと」

「柳の熱意に負けたんだよ。あんなに真剣に頼まれたら断れるわけねぇだろ。話は後にして、練習しよう。時間ねぇんだろ?」


張りついてくる柳を引き剥がすと、ぼくはメンバーに今日から当日まで柳の代役を買ったと軽く挨拶をした。

皆、話は聞いているようで感謝を口にしてくる。


言っちゃなんだけど、ぼく自身一年以上ギターを弾いていない。


だから、そこまでの腕はないと釘を刺しておいた。


まずは皆の演奏の流れを知りたいから聴き手に回る。

教卓に寄りかかって楽譜と演奏を比較した。


自然と左の手が弦を押さえる動きをする。

さっき仲井さんの前で弾いて、ギターのブランクを確かめたけど、指の動きが鈍っているだけで感覚は鈍っていない。


演奏を聴くだけで、どのコードを押さえればいいのか想像ができる。


二回流れを聴いた後、ぼくも演奏に参加する。

楽譜スタンドに楽譜を置くと、何度もコードを確かめた。


軽く指が震えたけど、それを振り払うために手首を動かす。


大丈夫、仲井さんの前で弾けたんだ。怖くない。痛くない。傷付かない。


もし怖くなったら、この楽譜の隅に描かれたおまじないを見よう。


「中井、準備はいいか? ……なんだ、その楽譜に描いてある絵」


宮本がぼくの楽譜を見てそれを指さしてくる。

余白に描かれた絵を言っているんだろう。

「可愛いだろう?」

ぼくはぶすくれているヒヨコのイラストを指さし、お気に入りなんだと頬を崩した。

どこかの誰かさんを思い出すヒヨコのイラストは、仲井さんが描いてくれたものだ。

わざわざ吹き出しを作って『だれがヒヨコぴよ』と、訴えてくるところがまた可愛い。

少しでも元気づけようとしてくれていることが、このイラストで分かる。


ページをめくれば、ヒヨコが吹き出しを作ってぼくに応援を送ってくれる。


『がんばれ』『半分きたよ』『もう少し』『お疲れさま!』


そんな吹き出しと、ヒヨコ達の応援が逃げ出しそうになるぼくの背中を押してくれる。

ほら、おまじないが効いた。指の震えが止まっている。


しかも廊下側に視線を向けると、ぼくを心配した仲井さんが窓から様子をうかがっていた。尻込みなんてできないだろ。

好きな子の前じゃカッコつけたい。


それが男のサガってやつだ。