放課後、ぼくは教室を出て視聴覚室に逃げ込んだ。
仲井さんとの大切な約束はあったけど、それどころじゃない。
スケジュールと楽譜を眺めては、ため息ばかり口から零れる。
柳も宮本も、ぼくにとって特に仲の良いクラスメイトだ。
友達としての期待には応えてやりたいけど、ぼく自身はギターをやりたいと思わない。思えない。いや、思わないようにしていると言った方が適切だろう。
「今日は第二音楽室で練習。六時から六時半まで……か」
ステージを立つ生徒は三十分交代で教室を使っているんだろう。
前方の黒板上に掛けられた時計を確認する。
あと一時間か。あいつ等、待っているかな。
机に伏せて悶々と悩んでいると、扉の開く音がした。
顔を上げれば、仲井さんの姿が確認できる。
色塗りを放ってここに逃げてしまった手前、決まりが悪い。すぐに謝らないと。
「あの、仲井さん」
「中井くんって何かあると、ここに逃げ込む癖がついたんだね。姿を晦ましてもすぐに見つけちゃうよ」
おかげで探す手間が省けると仲井さんは肩を竦め、ぼくの前の席に座ってくる。
そこは彼女の指定席でもあった。
仲井さんはいつも、ぼくの前で絵を描いている。
「それで、中井くんはどうするの? 柳くんに頼まれたんでしょう」
何も話していないのに、仲井さんは柳とぼくの間にあったことを察している。
曰く、雰囲気で分かるそうだ。
まあ朝や昼休みのやり取りを見ていたら、誰でも分かるだろうけど。
ぼくは口を閉じてしまう。
断りたい気持ちがある一方、柳達を傷付けたくない臆病なぼくもいる。
だけどギターは弾けない。どうしたって、ぼくには。
「中井くん。今のきみは、ギターに対して恐怖も何もないはずだよ。怖いとか、つらいとか、自分を否定してしまう悲しい中井くんは私の中にあるから」
もし何かあるとすれば、中井くん自身の逃げてしまう気持ちだけだと仲井さん。
ぼくに逃げていると苦笑いを向けた。
「好きなものを嫌いだと思い続けた中井くんだから、逃げてしまうのは仕方ないのかもしれないけど……今、きみはどこかで思っている。またギターが弾いてみたいって」
アリエナイ。それだけは絶対に。
全力で否定すると、
「わたしは代弁しているだけ」
そう訴えているのは中井くんの気持ちだと、彼女は目尻を下げた。
「周りのせいで中井くんはギターをやめてしまったよね。だけど、きみ自身の判断じゃない。周りを理由にしてやめてしまった中井くんは、本当は不満なんだよ。自分の好き嫌いを誰かのせいにすることが」