「おい中井、待てって中井!」
ああ、自信がないから逃げているのに柳が追い駆けて来る。
怪我人は腹部も負傷しているのか、横っ腹を押さえながらぼくの前に回ってきた。
そんな姿を見たら、否応なしにでも足を止めるしかない。
ゼェハァと肩で息をする柳は、呼吸も整えずにぼくを見つめてきた。思わず目を逸らしてしまう。
「……柳。ぼくに頼もうとしているなら、ごめんけど無理だ。もう、ぼくはギターを弾いていない。いや、弾けなくなったんだ。だから」
「それでも、ちゃんとお前に頼ませてくれ。中井、おれの代わりにギターを弾いてくれって。
本当は自分で弾きたいよ。夏休み中、ずっと宮本と練習していたんだ。学校が始まってからは、みんなで時間の許す限り全体練習をしていた。必死に練習していたんだ。なのに、こんな形で迷惑を掛けるとは思わなくて」
メンバーの前では強がっていた柳の顔がくしゃっと歪んでしまう。
それを直視してしまったぼくは何も言えなくなる。
ほらみろ、面と向かって頼まれたら、断り切れる自信がなくなるじゃないか。
「今からギターができる奴を探す時間もない。もう、お前しか頼れないんだ」
「ぼくのギターレベルなんて」
「上手い下手じゃないんだ。おれだって下手くそだし、みんなだって下手くそだ。それでも、みんなでライブをやってみたい、その気持ちでがんばってきた。絶対に楽しくなると思ってさ」
「……柳」
「おれ、音楽が好きなんだ。歌うことも好きだし、楽器を弾くことにも興味があった。ライブをしようと決めた時、興味があったギターをやってみようと思って始めたんだけど、思いの外楽しくてさ」
痛いほど分かる、その気持ち。
ぼくだって昔は、中学時代は、似た思いを抱えていたのだから。
「宮本ひとりじゃ、ギター演奏は荷が重い。かといっておれは怪我で弾けない。中井、お前しかいないんだ。一生のお願いだ、ギターを弾いてくれないか?」
「ぼ、くは」
「あいつ等の努力を無駄にさせたくないんだ。おれの努力だって無駄にしたくない。練習には入れるところだけでいいから。頼むよ、中井」