急いで引き返すと、仲井さんが同じように雑誌を持っていた。

ぼくの後を追おうとしていたのだろう。

戻って来たぼくの姿を見るや、ホッと息をついている。


「中井くん。これ、間違えているよ」

「ごめんごめん。じゃあ、これは返すね」


「はい」そう言って本を差し出した途端、妙に胸が締めつけられた。


まるでこの本を返したくない、とでも言いたげに持っている手に力がこもる。


いやいや、ぼくに絵を描く趣味はないぞ。

早く手を放し、放し……放せない。なんでだよ。


「あ、あの中井くん」


仲井さんが困惑した面持ちでぼくを見上げてくる。

どうして、返してくれないの、と言いたげな眼だ。

そんな目でぼくを見ないでくれ。

いじめているわけじゃないんだよ。

手が言うことを聞いてくれないんだよ。


「ごめん。ちゃんと返すから。意地悪をしているつもりじゃ」


自分でもわけの分からない言い訳を並べてしまう。

すると仲井さんが表情を崩さないまま本に目を落とし、「おかしいな」と、疑問を零した。


どうやら独り言のようだけれど、焦ってまともに思考が回っていないぼくは聞き返す。何がおかしいのか、と。

彼女はぼくの手放さない本を見つめた後、自分の持っている雑誌に視線を流す。


「イラストより映画が気になってしょうがない、なんて」


それが"おかしいな"の理由にあたる内容らしい。

仲井さんの言葉を聞いたぼくは、自分の雑誌と分厚い本を交互に見やる。


自分の異変に気付いた。

死に物狂いで鬼の学年主任から隠そうとしていた映画雑誌に対して、これっぽちも感情を抱かない。

さっきまであの映画記事が面白かった、また読み直したい。とか、この雑誌に載っている映画を観よう、とか、そんな気持ちが爪先も湧かない。


まるで映画に対する興味のバケツがひっくり返ってしまったみたいに、気持ちが空っぽになっている。