ギターの話題が出てきた瞬間、ぼくの鼓動が妙に高鳴ってしまう。
自分には関係のない楽器だと思っても、やっぱり思うことはあるんだな。
そこに好きだという気持ちがなくなってもさ。
今は嫌いも、つらいも、苦いも感じないけど、それでも。
「中井くん」
仲井さんにはすべて、ぼくの気持ちが筒抜けだっていうのも困ったもんだ。
誤魔化しも何も効かないんだから。痛い思いはしていないかな?
「大丈夫だよ、ぼくはだいじょーぶ。学園祭が終われば、ギターの話題もなくなるだろうし。それより、学園祭はどうする? ぼく達、一応カレカノだし一緒に回る?」
話題を逸らそうとするぼくに気付いたのか、仲井さんは曖昧に笑って頷いた。
「うん、一緒に回ろう。中井くん」
事件が起きたのは翌日の朝だった。
登校してきた仲井さんがメニューのペン入れが終わったのだと、ぼくの席に来てそれを見せていたその時、宮本が教室に入って来た柳を見て悲鳴を上げた。
何事だと思って、声の方を見たぼくと仲井さんも絶句してしまう。
柳の左手がギブスデビューをしていた。
左頬には大きなガーゼまで貼ってある。
見るも無残な痛々しい姿に、思わず宮本やメンバーが駆け寄って事情を聴き始める。
「お、おい。どうしたんだよ柳……なんだ、その格好」
「悪い。昨日、帰り道にある交差点の信号を渡っていたら、信号無視してきたバイクと接触しちまって……大した怪我はないんだけど、左手首を捻っちまった」
「お前が無事なら良かったよ。まじ、入院とかになったらシャレになんねーし。ただ、その左手じゃ弦は押さえられないよな」
宮本が恐る恐る柳に聞くと、あいつは無理やり明るい声で「無理っぽい」と言い、メンバーにごめんと頭を下げた。
歌うことはできても、ギターは無理そうだと声をしぼませる。
誰よりも悔しいのは柳だろう。
あいつは宮本と夏休み中、ずっとギターの練習をしていたと聞いているから。
それが分かっているからメンバーも柳を責めようとはしない。
「柳のせいじゃねーよ。信号無視したバイクが悪いんだって。犯人は?」
「専門学生の兄ちゃんで、逃げはしなかったよ。救急車もその人に呼んでもらったし」
「そっか……けど柳がいないとなると、ギターはおれだけか。正直厳しいな」
「宮本、へっぽこだもんな」
「それはお前もだろう。二人合わせて、なんとなく演奏になっていたのに。柳はボーカルだけにするとして、代わりにギターが弾ける奴を探さないと」
でも今からギターを弾ける奴を探すなんて、ギターが弾ける奴なんてそうはいない。
宮本がそう呟いた瞬間、柳が弾かれたようにぼくを見つめてきた。
会話を聞いていたぼくは、それに気付かない振りをしてトイレに立つ。
「あ、中井くん」
仲井さんが声を掛けてくるけど、教室から逃げたくて仕方がなかった。
柳の考えていることは大体読めている。
面と向かって頼まれたら、断り切れる自信がない。