「……元に戻ったね、これ」
仲井さんが手に持っていた映画雑誌のページを開く。
さっきまでギターの楽譜が載っていたページは何事もなかったかのように、映画の記事で埋め尽くされていた。
それでいいんだと思う。
今のぼくには映画しかないと思っているから。
「なるべくギターには関わらないようにするよ。痛い思いはしてもらいたくないから」
「わたしは平気だよ。中井くんに比べたら、こんなの痛くも痒くもない……中井くんは見た目に反して真面目さんだから、ひとの心配ばかりするね」
「見た目は余計だよ見た目は」
軽くおどけて、歩みを再開する。
「さあ帰ろう。仲井さん送るよ。もう八時を過ぎた。お父さんが心配しているよ」
駆け足で隣に並んで来る仲井さんがそっと、ぼくの左手を取った。ごつごつとマメができた指先を触ってくる。
「中井くんのギター。聞いてみたかったな。きっと弾く姿はカッコ良かったんだと思う」
「どうだろうね。取りあえず、気取っていたことだけは認めるよ」
「中井くん。まだ消えて欲しいと思う? ギターの想い」
「そりゃもう……ギターが弾けなくなった今、この想いは邪魔なだけだし」
「そっか。中井くんがそう決めたならもう何も言えないけど……でも悔しいな。わたしは中井くんのギターを弾く姿を知らない、それがとっても」
明るい声音でそう言った仲井さんが見上げてくる。
らしくない発言に戸惑ってしまった。悔しいって……それ。
「きっと弾く姿はカッコイイよ。だって、わたしの彼氏だから」
期間限定だけど、という余計な言葉がなければ素直に喜べたところだ。
「なんかスッキリした気分だ。仲井さんに全部ぶちまけたからかな。気が楽になった。これを機にまた夢でも持とうかな。総理大臣になる、とかさ」
「あはは。絶対になさそう」
「そりゃ絶対になさそうなものを言ったからね」
「中井くん、夢また見つけられるといいね。わたし、何があっても中井くんの味方にいるから。傍にいるから」
「見つかるかな」
「だいじょうぶ、きっと見つかるよ」
だといいな。
ぼくは夜空を仰ぎ、仲井さんとゆっくりとした歩調で坂道を下っていく。
ギターを超える好きなものが出てくるのかな。映画も好きだけど、ギターほどじゃないし。
ただ、ギターと並びそうな好きなものは隣にある。
「なーんて、言えるわけないか」
「なに、中井くん?」
「なんでもないよ」
柄にもなく照れたぼくは、誤魔化すように満面の笑顔を作った。
⇒【7】