『旭。ぼくはもう、ギターはやらないよ』
何を言っているのか分からない、という顔で凝視してくる旭をぼくに笑いかけた。
『ギターって女の子にいかにもモテそうな楽器じゃん? それが弾けたらカッコイイし、モテると思ったからやり始めたけど飽きちまった。指にマメができるばっかでちっともモテないし』
『え、いすけ……何言って』
『今度は楽にモテる趣味を見つけないとなぁ』
目を白黒させる旭に、だから気にしなくて良いのだと伝える。
ぼくはもう、ギターを弾かない。ギターに触れる、それすら嫌気が差したのだから。二度とメンバーの下には戻らない。
『お前達はちゃんと練習したんだからステージに出ろよ。きっと盛り上がるから。怪我の具合が良かったら応援にも行くし』
『ま、待てよ。英輔、待ってくれよ。お前のギター好きはおれが一番知っているんだ。やめられるわけ……おれの言葉を真に受けたのか? だったら謝るから。だから』
『旭』
必死に止めてくる旭の言葉を遮り、ぼくは冷たく告げた。
『ギターなんか嫌いだよ。大嫌いだ』
揺るぎない感情を宿した言葉に、もう旭は何も言えないようだった。
ただ『ごめん』と、ひとつ零して下唇を噛みしめていた。
ぼくはそれに見て見ぬ振りをして、『メンバーによろしくな』とだけ返した。
それは心からの応援じゃなく、ぼくなりの決別の意味が含まれていた。
大好きなギターをやめたぼくは、それからしばらくぼんやりとした日々を過ごした。
すべてをギターの練習に費やしていた、その時間が空きになったのだから毎日が手持ち無沙汰。
やることもなく、だらだらと時間を過ごした。
学校に行けるようになってもそれはいっしょ。
休み時間に読んでいたギター教則を捨て、友達に借りた漫画を適当に目を通すようになった。
放課後はまっすぐ家に帰ったり、友達と寄り道をしたりするようになった。
ギター関連のものは一切触らなくなった。
当然、旭達とは疎遠になった。
声を掛けられれば、いつもどおり返事をするよう努めたけど、ぼくはできる限りメンバーと距離を置いた。
会話をするだけであの日々を思い出しては怯えるぼくがいたから。
表向きでは気さくに話し掛けているけど、内心じゃバカにしているに違いない。悪口を言われているに違いない。四人で笑い者にしているに違いない。
ギターをやめたのだから、もう関わらないでくれ。それが本音でもあった。