「ナカナカは夜の学校で、"ナカナカ"に怖い思いをしているんですけど」
ゆっくりと瞼を持ち上げたぼくは、それが幻聴だと思い込んだ。
だけど衣服がこすれる音や、ちょっと早い息づかい、ぼくの前で感じる気配がそれは現実だと教えてくれる。
ゆっくりと正面を向くと、手提げ袋を抱いた仲井さんがしゃがんでぼくと視線を合わせようとしていた。
ワンピース姿のままだ。
さっき、あんなに制服じゃないと無理だって言っていたのに。
「なかいさん?」
どうしても目の前の彼女が本物に思えなくて名前を紡ぐ。
仲井さんがここにいるわけがない。
ぼくが置いてきてしまったんだから。
付け加えて逃げたし、怒鳴ったし、睨んだし。
なのに仲井さんはぼくの隣に座るとはだしの足をさすって、いつもの調子で話し掛けてくる。
「中井くんにホラーはだめって言わなかったっけ? よりにもよって夜の学校に行っちゃうなんて。靴下を履いていないから、足の裏は埃だらけだし……」
「なんで、ここに?」
「中井くんがここにいると思ったから」
ぼくが走り出した後、仲井さんはぼくの行方を探してくれていたという。
ただし、彼女は一度家に帰ったそうだ。
それは胸騒ぎを覚えたから。
彼女は手提げ袋から雑誌を取り出した。ぼくの雑誌だ。
パラパラとページをめくり、仲井さんは意を決したようにそれをぼくに差し出した。
「これを開いたら、ページが変わっていたの。これ、楽譜でしょ?」
雑誌を受け取って中身を確認する。
確かにそこには一面、楽譜で埋め尽くされていた。
表紙は映画雑誌のままなのに、内容は映画の記事から楽譜に変わっている。それもギターの楽譜に。
頭がくらくらしてきた。
ぼくが買った映画雑誌はどこにいったんだよ。
記事がお気に入りで、これを買ったのに――またギターの楽譜を目にするなんて。目にしてしまうなんて。