これは仲井さんのためなのに、どうしてそれを分かってくれないんだろう。
彼女だって早く元の気持ちを取り戻して、イラストと向き合いたいだろうに。
睨みつけてくる彼女を睨み返し、ぼく達は対立する。逃げている、逃げていないの言い合いは飽きもせずに繰り返された。
ぼくは逃げていない、仲井さんをこれ以上傷つけたくないから元に戻りたいんだ。それだけなんだ。
だから言われたくなかった。聞きたくもなかった。思い出したくもなかった。
「わたしに知られたくないの? 映画よりも好きなものがあることを」
やめてくれよ。
「だけど、わたしには分かっちゃうよ。きみの、好きな気持ちを持っているから」
やめてくれ。
「映画よりも好きなんでしょ。ギター」
その言葉を聞いた瞬間、ぼくは腹の底から「嫌いだ!」と叫んだ。
周りに通行人がいたかもしれないけれど、そんなの構っている余裕すらない。彼女に何度もギターなんて知らない。
嫌いだ。大嫌いだと主張する。明らかにぼくは動揺していた。
今のぼくの気持ちが仲井さんにどう届いているのかは分からない。
ただ、彼女は鋭い眼光を弱め、ぼくを哀れむように見つめていた。
それがぼくをもっと惨めにさせた。そんな目で見ないでくれよ。
ぼくはぼくの意思でギターをやめたようと思ったし、嫌いになったんだ。なったんだよ。
気付くと仲井さんから手を放し、背を向けて走り出していた。
呼び止める声すら逃げたい衝動の一因になる。
ぼくはわけも分からず、頭を真っ白にしてがむしゃらに走った。
あの頃の弱虫な自分を知られたくない一心で。
彼女から逃げ出した時点で弱虫毛虫だというのに。
息が切れるまで走った。
流れる汗を拭いもせず走った。
肺が痛くなるまで走った。
とうとう限界を迎え、ぼくはもつれそうになる足を止めて膝に手を置く。息を吸っても吐いても苦しい。