「だってこうでもしないと、英ちゃん逃げちゃうし」

「べつに逃げてないんだけど」

「うそつけ。英輔お前、明らかに今逃げただろう」


そう言って悪態をつくのは同じく中学時代の同級生、小金井 旭(こがねい あさひ)。背中に背負っているギターケースが目を引く。


ふたりとはかれこれ、中学を卒業して以来ぶりに会う。


気まずい。ぼくはこのふたりと連絡を取らないようメッセージアプリをブロックし、着信も拒否しているから。


「で、何か用? 連れがいるから手短に」


ぼくは仲井さんに視線を送り、「デート中なんですけど」と、冷たく返す。

すると菜々と旭が顔を見合わせた。

そして、なんだか申し訳なさそうに眉を下げて仲井さんに邪魔をしたことを謝罪する。

彼女は優しいから、「だ、大丈夫です」と首を横に振った。


「中井くん。わたし、向こうのバス停のベンチで待っておくよ」

「あ、ごめん気を遣わせて。もう終わらせるから。じゃ、旭。菜々。ぼく達は行くよ」


菜々の手から腕を引き抜くと、ぼくは片手で仲井さんの背を押しながら、もう片方の手をひらひらと振って彼等に背を向ける。


すると、ぼくの背中に向かって「英輔。お前はもうギターを弾いていないのか!」と、旭が声音を張ってきた。足が止まりそうになる。



「お前はバカがつくほど、ギターバカだった。指のマメを潰して、それを我慢して弾いて。またマメを酷くしてさ。ほんっと、お前はギターバカで誰より練習をしていた。それをおれ達は知っている」


「そんな時代もあったっけな。忘れちまったよ」



ぼくは飄々と返してやる。痛くない、大丈夫、全然痛くない。あの頃のことは何も思い出さない。忘れてしまった。


なのに旭も、菜々も、悲しそうに顔を歪める。


「やっぱり、お前はおれ達を許せないよな。そうだよな。信介も、相馬も、おれも、菜々も……お前からギターを奪った」


「許せない? 奪った? あはは、何を言っているんだ旭。ぼくはあの時言ったじゃないか。“ギターは飽きた”って。マメばっかできる、あんな楽器は“嫌い”だって」