教室に戻る気も起きず、ぼんやりと机に伏せる。

視聴覚を満たすのは、蒸し暑い熱気ばかり。閉め切られた窓の向こうからは、生徒達の賑わう声が聞こえてくる。


「中井くん」


丸び帯びた優しい声。

ハッと我に返る。

ゆっくりと視線を持ち上げると、前の席に仲井さんが座っていた。


いつの間に彼女がいたのか、ぼくは驚きのあまり声を失ってしまう。


どうにか平常心を取り戻して上体を起こす。


看板の作業をしていたはずなのに、なんで仲井さんがいるんだろう?

弾けるように出てくる疑問と、彼女が来てくれた喜びが交わる。

誰もいない空間にふたり、なんて久しぶりな気分だ。


学園祭の準備が始まって、そう時間が経っていないんだけど、ぼく達は毎日のようにここで絵を描いていたから。


「いつまでも戻って来ないから、どこかでおサボりをしているのかと思ったら……やっぱりおサボりしていたね。中井くん」


仲井さんはぼくにとって好都合な理由をくれた。


うん、そうだ。ぼくはサボっていた。

ここでサボっていたんだ。


「見つかっちゃったか」


へらっとぼくは笑い、作業に飽きたのだと言い訳を口にする。


「毎日のように輪っかの飾りや、ティッシュ生地みたいな花の飾りを作るんだぜ? もう飽きちゃってさ。ここで息抜きでもしようと思って。仲井さんはそんなおサボりくんを連れ戻しに?」

「ううん。わたしは休憩。ある程度、形も出来上がったしね、他の人に色を塗ってもらっているの。中井くんもやる?」


「絵が描ける女子達の輪に入るほど、ぼくは勇気のある男子じゃないから。ド下手くそなのは分かっているし。でも色塗りは楽しいんだろうな。仲井さんの気持ちが疼くもん」


仲井さんは看板係を受け持ってから、本当に楽しそうだ。

自分がイラストを描くことで皆が楽しんでくれる、その状況が嬉しいんだと思う。

イラストレーターになりたいんだもんな。


自分の絵で皆が笑ってくれたり、楽しんでくれたり、喜んでくれたら、そりゃ嬉しいんだと思う。


「ねえ中井くん。あさってはひま、かな?」


急に替えられた話題に目を丸くしてしまう。

え、あさって? うんっと土曜日だよな? 学園祭の準備で出校する、ことはまだないだろうし。補習授業もない。オールフリーだけど。


「もし良かったら映画を観に行かない? 中井くんの気持ちが映画を観たいって、うるさくて。わたし自身も純粋に映画を観たいと思ったし」


いつも映画の良さを語ってくれるけど、たまには映画館でその良さを実感したいと仲井さん。

ぼくの気持ちがそうさせているのだから、映画に付き合って欲しいと申し出てくる。

願ってもないチャンスだと思った。それってつまり、あれだろ、あれ。デートだろ。

仲井さんにとってしてみれば、ただのお遊びの誘いなんだろうけど、ぼくにとっては大きなチャンスだ。


「いいよ。あさっては予定も何もないしさ。待ち合わせ場所はどこにする?」