「音の調整をすることだよ。弦は張っている力加減で、音が高くなったり低くなったりする。ギターをするなら、それくらい覚えておけって」
「にはは。そういうのは全部後回しにしていたんだよ。コードを覚えるのに必死だったから。早く曲が弾きたくて」
柳の気持ちはとても分かる。
ぼくも、そういう……いや、ギターなんて知らないし分からない。触ったことがない。
「中井。ちょっと手を見せろ」
宮本がぼくの左手を取って、ジッと指先を見つめてくる。
五本指にできたマメに気付くや、「やっぱりギター経験者だ」と、苦笑い。
ギタリストは鉄の弦を押さえるせいか自然に指にマメができる。
宮本はぼくに「ギターが弾けるんだろう?」と尋ねた。
しかも、お前の指のマメと皮の厚さには年期が入っている。長年ギターをしていた指だと宮本。
「ギターが弾けるなら、バンドに入ってくれたら良かったのに。なあ、ちょっと弾いてみせてくれよ」
「無茶言うなって。弦を張り替えただけでも感謝しろよ」
ぼくはギターが弾けないと両手を軽く挙げて、張り替えたギターを柳に返す。片付けはふたりに任せよう。
「えー中井のケチ」
柳が弾いてみせて欲しいと駄々を捏ねてきたけど、聞こえませーんと小生意気に返事をした。
チューニングの仕方なら、明日にでも教えてやると手を振って。
足が教室の外に向かう。席に戻って輪っかの飾り物を作る気にはなれなかった。
久しぶりにギターを触れた、その現実に逃げたくて仕方がなかった。
でも、不思議なことに恐怖はない。
“思い出”も蘇らない。
いつもならギターに触れるだけで、苦い記憶を噛みしめていたのに。
おかげで心穏やかに弦を張り替えることができた。
それでも逃げ出したくなったのは、ぼくが弱いからだろう。
無意識に視聴覚室に逃げ込むと、いつも座っている席に着いて崩れる。
ギターに触るんじゃなかったな。あれは嫌いだ。大嫌いだ。