「そんな、困らさんといて……」

「困らせたいわけちゃうねん」


ふいに手首をつかまれた。

思いもよらない力強さに、わたしは息をのんだ。


「先生、いつも何をひとりで抱えてるん?」


純粋な瞳は、心を見透かすようだ。


想いが、あふれそうになって、あわてて飲み込んだ。


「何も、抱えてなんかないよ……」


抱えていても、言えない。


「お願いやから、好奇心でこれ以上わたしに近づくのはやめてよ」


その言葉を聞いた瑠衣の顔が青ざめた。

さっきよりもずっと傷ついた顔をして、手を離す。


「俺、好奇心で近づいたつもりはないで」

「……」

「でも先生には伝われへんのやな」


低くつぶやいて、瑠衣は帰っていく。


遠ざかる彼の足音をわたしはずっと聞いていた。

いつまでも、動くことすらできずに。


これでよかったんだ……。


“あのこと”を知れば、きっと瑠衣だって離れてしまう。


だったら最初から、何もない方がマシなんだ。