伸ばしかけた手を、携帯の着信音が止めた。


夜の町に響くメロディがわたしを正気に戻す。

瑠衣は悲しそうな微笑を浮かべ、目をそらした。


バッグの中で光る携帯を取り出してみる。

画面には“ヒロト”と表示されていた。

たぶん目を覚ましたらわたしがいなかったから電話してきたんだろう。


「出なくていいんですか?」

「うん、いいねん」

「さっきの男の人?」


けっして嫌味ではなく、純粋な疑問としての声で瑠衣がたずねた。


「うん」


バッグに押し込んだ携帯はしばらく鳴り続けた。

その間わたしたちは一言もしゃべらなかった。


……さっき、わたしは何をしようとしていたんだろう。


携帯が鳴っていなければきっと瑠衣に触れていた。

そんなことは決して、あってはいけないのに。


「さあ。そろそろ帰らなきゃね」


明るく言うと、瑠衣の瞳に悲しげな色がにじんだ。


「嫌や」

ダダをこねるように首を振る。

「やっと先生と話せたのに、まだ帰りたくない」