わたしたちは、望むということに対して臆病な者同士だ。

他人に何かを望むとき、知らず知らずのうちに奪おうとすることを恐れている。

だから望まない。

あるがままを受け入れ合える。
 


今日まで生きてこられたのは、卓巳がいてくれたから。
 
きっと卓巳はこれからもわたしを傷つけない。

卓巳のプロポーズにイエスと答えればいいんだ。

それが一番いいに決まってる。

……それ以上、何を望むというの?


なのにわたしはまだ、返事をすることができずにいた。





卓巳と別れてから、マンションのオートロックを解除して入った。

深夜のエントランスは人気がなく静まり返っている。

右手には郵便ポスト。

何気ない気持ちでそれを開けた。


2~3日放置しただけで、ポストの中はいっぱいになってしまう。

ダイレクトメールや公共料金の明細書、さらにはピザ屋のチラシまで。


ため息をつきながら整理していると、その中に一通の封筒を見つけた。


「――…」


バサバサと大きな音を立てて、他の郵便物が手の間から落ちていった。



【水野葵様】


何の変哲もない普通の手紙。


なのにどうしてそれが“彼”からだと、わかってしまったんだろう。


いや、わからないわけがないんだ。

わたしが彼の字を忘れるわけがないんだから――。


「瑠衣……っ」


なつかしい……少し癖がある彼の文字。


膝が震えた。

心臓が痛かった。






――“ごめんな”。

彼からの手紙は、そんな言葉で始まっていた。